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禅の視点 - life -

幸福とは? 自分とは? 自由とは? 人生とは? 心を満たす入口探し、禅エッセイ

【禅語】 法灯明 - 本当に正しいことを頼りとしなさい -

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【禅語】法灯明(ほうとうみょう)

ブッダに死期がせまったとき、その周囲には多くの弟子たちが集まっていたという。
そのなかの弟子の一人が、涙ながらにブッダに訊ねた。
「ブッダがお亡くなりになってしまったら、私たちは一体何を頼りに生きていけばよいというのですか」
嘆く弟子に対し、ブッダはこう答えた。
「私がこの世を去ったあと、あなたたちは2つのものを頼りとしなさい。1つは、あなた方、自分自身。そしてもう1つは、真理である」


暗闇のなかで灯す明かりのように、自分自身を頼りとし、真理を頼りとする。
ブッダはこの2つを灯火として生きるようにと、弟子たちに最後の教えを説いたという。
自分自身を頼りとすることを「自灯明」といい、
真理を頼りとすることを「法灯明」という。
ブッダが最期に残したこの「自灯明 法灯明」の教えは、禅語として現代にまで脈々と語りつがれている。


真理というと、いかにも宗教のにおいが漂ってきそうな響きがあるが、これは何も特別なことを言っているわけではない。
神のような超越的存在を信じろと言っているのでもない。
真理とは、本当に正しいことをいう
本当に正しいこと、それは何か。


たとえばニュートンは、リンゴが樹から落ちる様子を見て万有引力を発見したと伝えられている。
そのエピソードが史実かどうかは、ここではまあどちらでもかまわない。
重要なのは、ニュートンはあくまでも、万有引力という物体が引きつけ合う力が世界に存在していることを「発見」したのであって、それを作り出したわけではないということ。
そのような自然界の法則(真理)が先にあり、それに気付いて名前を付けたのであって、ニュートンが万有引力を作り出したわけではない
万有引力は、はじめから世界に存在する一つの真理だった。
誰にでも平等にはたらく本当に正しい法則を「真理」と呼ぶという意味は、これである。

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そういった真理のいくつかを、ブッダも発見したのだった。
たとえば、何か物事が起きたとき、それには必ず多くの要因が関わっているという真理を発見した。
ニュートンの発見に「万有引力」という名前が付けられたように、仏教ではその真理を「縁起」と名付けた。
結果には無数の要因が絡んでいる。
考えも及ばないほどの要因があって、その結果は生じている。
それが縁起の法則である。


またブッダは、あらゆる物体は絶えず変化を続けているという真理も発見した。
この真理には「無常」という名前が付けられた。
「常なるものは無い」から無常である。
あらゆるものは変化を続けているから、今世界に存在しているあらゆる物体は、すべて状態にすぎない。
水に不変の姿はなく、液体という「状態」であるときにだけ水の姿をしているのであって、水蒸気にも氷にも変化をすれば、私たちの体のなかにも融けこんでいる。
あらゆる存在はこの水の在り方のように、今この「状態」として世界に存在しているのである。
変わらないもの、不変の姿を持つものは、何一つとして存在しない。


真理とは、このような自然の法則とでもよぶべきものを指しており、それは信じる類いのものではない。
信じようと信じまいと、誰にとっても正しいこと、それが真理である
キリスト教にとって万有引力は正しいが、イスラームにとって万有引力は正しくないとはならない。
本当に正しいことは、どのような国の人にとっても、どのような思想・宗教をもっている人にとっても、何も信じていない人にとっても、あるいはいつの時代であっても、常に正しい。
ゆえにその「事実」を、真理と呼ぶのである。
ブッダはその最期に、真理を頼りにして生きよと弟子たちに伝えたのだった。


人は徐々に老いという変化をしている。
それは無常という真理の一面だ。
だから、老いたくないという思いは、無常という真理から眼を背けた考えとなり、正しくない。
先に正しい事実として存在する真理があるのだから、それに抗おうとする考えを持つと、自分の思いと事実の間に隔たりが生まれる。
これが、いわゆる悩みや苦しみのもとになる。


縁起だって同じこと。
たとえば受験に合格したとする。
その結果には、無数の要因が含まれている。
「勉強したから合格した」などという単純な理由で合格したわけではない。
勉強を教えてくれた人がいて、教科書や参考書を作ってくれた人がいて、サポートをしてくれた人がいて、そういったありとあらゆる要因があっての結果である。
合格したから頭がよくて、落ちたから頭が悪いなどという見方は、あまりにも視野が狭い。
縁起という真理は、物事の奥にある目立たない要因によって結果が生じていることを説いている。


真理(法)を頼り(灯明)にして生きなさいという言葉をブッダは弟子たちに残した。
本当に正しいことを知らなければ、誤った理解でこの人生を生きることになるからだ。
それは、悩みや苦しみの多い人生を生きることにつながる
だから本当に正しいこと、つまり真理を灯火としなさい。