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【雲居希膺】自他の区別がなければ、損も得もない - 禅僧の逸話 -

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【雲居希膺】自他の区別がなければ、損も得もない - 禅僧の逸話 -

日本三景として名高い景勝の地、松島。
海にぽっこりと顔を出す大小の島々が美しいこの地に、瑞巌寺という禅寺がある。
伊達政宗の菩提寺としても有名なこの禅寺は、政宗の時代に建設された桃山文化を代表する建造物として、多くの堂宇が国宝・重要文化財に指定されている名刹としても有名だ。
この瑞巌寺に招かれ「中興の祖(廃れていた寺院を復興した住職の意)」と称されている臨済宗の禅僧が、雲居希膺(うんご・きよう)禅師である。


伊達政宗は京都の妙心寺にいた雲居禅師を瑞巌寺の住職として招きたいと考え、三度にわたって要望したが、雲居禅師は当初これを固く辞しし続けた
結局、住職を要望する願いは叶わないまま、政宗は1636年に没してしまう。
すると政宗の子である忠宗がその意志を受け継ぎ、雲居禅師へ再三にわたって要望をし、ついに雲居は瑞巌寺の住職となる決心をし、松山の地へ赴いたのであった。


こうして瑞巌寺の住職となった雲居禅師には、ちょっと面白い逸話が残っている。
以前、南隠全愚禅師の逸話として、禅師が財布を落としてしまった際の逸話を紹介したが、今回もそれと状況が少し似ていて、禅師があるものを道に落とすのである。
その落とし物について、南隠禅師とはまったく違った展開となる点が、またいかにも禅僧といったふうで面白い。
ちなみに、南隠禅師の逸話を読んでいない方は、下の記事をどうぞ。
www.zen-essay.com


ところで禅の世界では、住職の傍には侍者(じしゃ)という役の付き人のような僧侶がいることが多い
住職のサポートを務める侍者という役は、住職が寺院を出る際にはお伴をすることが常で、雲居禅師の場合も例外ではなかった。
ただ雲居禅師の場合はちょっと変わっていて、侍者はすぐ後ろを歩くのではなく、随分と離れたはるか後ろを歩くようにさせていたという。
なぜなのだろう。謎だ。

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ある日、雲居禅師が外出するというので、侍者はいつものように禅師のお伴をするためについていった。
もちろん、禅師の随分と後ろのほうを。
街道を歩いていたのだが、ふと気が付くと、前を歩いている雲居禅師が歩きながらなにやら体をもぞもぞさせている。
と思ったら、着ていた衣を脱いで、道端に置いてそのまま歩いていってしまった
侍者は慌てて禅師の脱いだ衣を拾うと、禅師のもとへ駆け寄った。


侍者が声を掛けようとすると、雲居禅師は急に侍者のほうを振り向いた。
「お前が持っているものは何じゃ」
「先ほど師匠が脱いだ衣です。道端に置かれましたので、持って参りました。誰かが持っていってしまうかもしれませんので」
わしが何かを失えば、誰かが何かを得る。自分の利と他者の利をそれほど区別しなくてもよいじゃないか
そう言われて、侍者は言葉がなかったという。
帰りに同じ道を通って、まだ衣が置いたままなら着て帰ればいいし、なければ誰かが衣を得たことになるのだから、それはそれでいいじゃないか、ということなのだろうか。


なんともまあ、大らかなこと。
侍者もさぞかしビックリしたのではないか。
まさか、衣を脱いでそのまま誰かにあげようとしたとは……。
侍者は拾ってしまった衣をこの後どうしたのだろう。
もう一度道端に置き直したのだろうか。
それもなんだか気恥ずかしいというか、ちょっと情けない光景に思えて仕方がない。
その後がちょっと気になってしまう逸話である。


突飛なものに映る雲居禅師の行動であるが、しかしたとえば人はコンビニのレジに置いてある募金箱にお金を入れて帰ることがある。
自分が損をするようなことはしないというのであれば、あの募金箱にお金は貯まらないはずだ。
しかし現実に、お金を入れる人は何人もいる。
よくよく考えてもみれば、雲居禅師は世の中に大勢いるのである


自分が失えば、誰かが得る。
それは言い換えれば、むしろ損もなければ得もない世界観とも言える。
自分と他者とを区別しないと、世界には損も得もなくなる。
このような「総数」は変わらないのだというものの考え方は、どこか大海に似た大らかさを連想させるものだ。
水蒸気となって天に昇り、雨となって地に降り、川となって海に還る。
常に減っていながら、常に増え続け、水は姿を変え続けて減っても増えてもいない。
流入を拒むことをせず、放出を止めようとともせず、あらゆる変化を受容する大海のような大らかな世界を生きているように感じられる