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【良寛の言葉】災難に遭う時節には災難に遭うがよく候

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災難に遭う時節には災難に遭うがよく候

地震や台風、大雪や噴火。
個人の力などでは到底太刀打ちすることのできない圧倒的強大な自然の力の前に、人は何ができるのか。
どれだけ頭をひねって予防に努めても、自然災害を完全に防ぐことなどできないという不可避性に、災害の恐ろしさを思わずにはいられない。
天災とはよくいったもので、要するにそれは人間が制御することのできない「天」の範疇に属するものであるということなのだろう。
端的に、「天」は「人」の範疇を超えている。



そんな災害が起きるたびに、ふと思い出す言葉がある。

災難に遭う時節には災難に遭うがよく候、死ぬ時節には死ぬがよく候、是はこれ災難をのがるる妙法にて候

江戸時代の禅僧、良寛和尚の言葉である。
天に対する人の対応の妙を簡潔に述べた、なかなか考えさせられる言葉だ。


この言葉は、良寛和尚が知人の山田杜皐とこうへ送った手紙に記されたものなのだが、それにはこんなエピソードがある。

三条地震

1828年12月。良寛和尚が71歳の時、新潟県三条市付近で大地震が発生した。
のちに三条地震と呼ばれる大地震である。
被害の全容は全潰12000軒以上、死者1500名以上。火災によって焼失した家屋も相当な件数にのぼったという。


そんな三条市のすぐ南に位置する長岡市に、良寛和尚の父親が生まれた与板よいたという町がある。
ここには良寛と親しい間柄にある知人が何人もいたが、とりわけ酒造業を営んでいた山田杜皐は良寛和尚を「蛍」とあだ名でよぶほどの仲の良い間柄であった。


三条地震が発生したとき、杜皐が暮らす与板もやはり甚大な被害に見舞われた。
しかも悲しいことに、杜皐はこの地震で子どもを亡くしてしまった。
しかし杜皐は、そうした自分たちの被害もさることながら、同じく被害に遭ったであろう良寛が無事でいるかを心配に思い、良寛に見舞いの手紙を送った。


手紙を受け取った良寛は、幸いにも無事だった。
そこで自分が無事であることを伝えるため、すぐに杜皐へ返信の手紙を送るのだが、その末尾に添えられたのが上記の「災難に遭う時節には……」の言葉なのである。


ちなみに、手紙の前半は次のようになっている。


「地震はまことに大変に候。
野僧やそう草庵そうあんは何事もなく、親類中死人もなくめでたく存じ候。

うちつけに死なば死なずに永らえて かかる憂きめを見るがわびしさ」


地震に遭った杜皐の境遇を憐れみ、自分は無事でいることを伝え、そして歌を一首したためた。
人生を生きながらえてきてしまったことで、人々が悲しみに打ちひしがれる姿も多く目にすることとなった。やるせない思いでいる
そんな意味合いだろうか。
そしてこのあとにくだんの言葉が続く。


「しかし災難に遭う時節には災難に遭うがよく候
死ぬ時節には死ぬがよく候
是はこれ災難をのがるる妙法にて候
 かしこ 良寛」

非情か?

この言葉を読んで、「なんだか冷たい言葉だな」と感じた人はきっと少なくないと思う。
おそらくは「人間、誰だって災難に遭うもんだ」と、なんだか突き放すような、「しょうがない」「どうしようもない」という雰囲気の言葉に読み取れてしまうからだろう。
そりゃ間違ったことは言ってないけど、正しいことを言えばいいってもんでもないでしょ、と、デリカシーに欠ける言葉だと感じる人もいるかもしれない。


正直なところ、実際に災害に遭った方々にこの言葉を伝えるのは難しいと思う。
「災難に遭えばいい」と聞こえてしまう言葉は、たとえそこにどのような意図が含まれているにせよ、相手を傷つける可能性を有してしまっていると考えたほうがいい。
すでに信頼関係が構築されている間柄だとか、言葉を理解してもらえる土壌が整備された状態であれば伝わるかもしれないが、そうでなければ軽はずみに口にするべき言葉ではないように思う。


ただそれでも、もし自分が災害に遭ったときには、きっとこの良寛和尚の言葉を杖にして生きるのではないかと私は思っている。
万人に受け入れられる言葉ではないかもしれないが、少なくとも私はこの言葉を酷だとは思わない。
人が抱く「苦」という感情の真実を言っているからだ。
災難から逃れるための真実、災難に苦悩しない真実、厭うことで苦悩が生じるという、苦悩の真実を言った言葉であるからだ。

災難が災難になるとき

災難が降りかかるときは、降りかかるしかない。
死が免れないのなら、死を受け入れるしかない。
現実を認めたくない、受け入れたくない、そうした「厭う」という感情から、人の苦悩は生じる。
それが仏教における「苦」の理解の第一歩である。


受け入れたくないと思うことで、「地震」は「災難」と認識される。
受け入れることで、地震は「災難」から「地震」へと本来の姿に戻る。
たとえ地震から逃れる方法がないとしても、災難から逃れる方法はあるのだ。
良寛和尚が言うように、災難に遭うときは災難に遭う。
すでに災難に遭ってしまっているのに、遭いたくないと思ってしまうことで苦悩が生じるのなら、遭って受け入れよう。
災難とは、それを災難と受け取ったときに生じるものなのだ。


だから、災害によって「壊された」と恨むのではなく、災害によって「壊れた」と、ただありのままに受け取ろうというのが良寛和尚の言いたい姿勢なのだろう。
良寛和尚の言う「災難から逃れる妙法」とは、天の事柄である「地震」を、人の事柄である「災難」にしない認識方法なのだと私は思う。


一読すると冷たいように感じられる言葉かもしれないが、なにも良寛和尚は後世に残そうとか、万人に伝えようなどと思って手紙にこの言葉を書いたのではない。
相手が杜皐だから書いたのだ
言葉の真意を理解してもらえる間柄であるとの信頼関係があったからこその言葉なのだと受け取るべきだろう。


時に「デリカシーに欠けた手紙のやりとり」と批判されることさえある言葉であるが、こうしたやりとりができる2人の間柄を、私はほとんど羨ましいとさえ思う。