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大パリニッバーナ経の現代語訳 ~ブッダ最後の旅の言行録~ 第5章

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大パリニッバーナ経の現代語訳 ~ブッダ最後の旅の言行録~ 第5章

80歳でその生涯を閉じることとなるブッダは、最後の旅でどのような言葉を残したのか。
ブッダの最後の旅の記録ともいえる大パリニッバーナ経のなかで、今回は第5章を読み進めていきたい。


この「大パリニッバーナ経の現代語訳」シリーズを未読のかたは、ぜひ下の記事(第1章)からどうぞ。
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第18節 病に臥す

ブッダはクシナーラーの地で歩みを止めた。
そして2本のサーラ樹(沙羅双樹)のあいだに設けられた寝台の上に横になり、頭を北に向け、右脇を下につけて、両足を重ね、心を正しくとどめた。
「私はもう疲れた。私は横になりたい」
そうブッダは呟いた。


するとその時、沙羅双樹の花が一斉に咲き誇り、ブッダを供養するかのごとく降り注いだ。
「アーナンダよ。不思議なことに沙羅双樹が咲き乱れ、降り注いでいる。
しかし、もし天から曼珠沙華が降り注ごうとも、天から芳しい栴檀の粉が降り注ごうとも、天の楽器が奏でられようとも、天の合唱が響き渡ろうとも、それらが修行を完成させた者に対する真の供養なのではない
そのようなことで敬われ、重んぜられるのではない。


よいか、アーナンダ。
修行僧、在家信者、あるいはどのような境遇にある人であっても、真実に沿って生きようと志し、理法を明らかにして生きることこそ、修行完成者に対する最上の供養なのである
だからこそ、もし私を敬ってくれるのであれば、真理を明らかにする道を歩み、修行を重ねていっておくれ。
残された者が正しく生きることこそ、亡き者に対する真の供養であることを覚えておいてほしい


そのとき、修行僧の1人ウパヴァーナがブッダの前に進み出た。
しかしブッダはウパヴァーナに対して下がるよう指示をした。
「ウパヴァーナよ、私の前に立たないでおくれ」


その言葉を聞いてアーナンダは不思議に思った。
ウパヴァーナは長きにわたってブッダの側に付き従い、用を務めてきた人物である。
そのような人物を、なぜ最期の時に退けなければいけないのか
なぜブッダは前に立ってはいけないと言ったのか。
その理由は何なのだろうかと。


そこでアーナンダはブッダに訊ねた。
「ブッダ。なぜウパヴァーナを退けられたのでしょうか?」
ブッダは答えた。
「この世界の様々なところから、私に会いにやってくる人々がいる。
しかし、大いなる威徳を具えた修行僧が私の前に立っていたら、その者たちは私に近づくことができないであろう


その者たちのなかには、髪の毛が乱れるほどに泣き崩れ、私の死が早すぎると言って悲しむ者がいるかもしれない。
両腕を大地に突きだして泣き、悲しむ者がいるかもしれない。
砕かれた岩のように倒れ、悲しむ者がいるかもしれない。
しかしその者たちも理法を心に念じ、存在するものはすべて無常なるものなのだから、滅しないということがどうして有りえるだろうかと念ずることで、心を保つことができるだろう」


ブッダが話を終えると、道の向こうからブッダのもとへ近づいてくる人々がいた。ブッダの弟子の修行僧たちである。
「ブッダ。雨期のあいだ別の場所に定住して修行に励んでいた修行僧たちがブッダに挨拶をするために戻ってきました。
……これまで私は修行を積んだ多くの修行僧の方々と交流を続けてこられましたが、ブッダがお亡くなりになってしまったらもう、そのようなこともなくなるのでしょうか。
私たちは互いに出会うこともなくなるのでしょうか。ブッダ」


「アーナンダよ。
私が亡き後でも、信仰心のある修行僧は4つの場所に赴くことがあるだろう。
その4つとは、私が生まれた場所、悟りを開いた場所、最初に教えを説いた場所、寂滅した場所である。
これら4つの場所を人々は巡拝するだろう。修行僧も、そうでない人々も。男性も女性も。
だからそこでまた旧知の友と出会うことができる」


「わかりました。
しかし、私たちはそこで女性とも出会ってしまうかもしれません。その時はどうしたらいいのでしょう」
「見なければいい」
「しかしブッダ。もし見てしまったらどうすればいいのでしょう」
「話しかけなければいい」
「わかりました。しかしもし、話をするようなことになった時はどうすればいいのでしょう」
「そういうときは、慎んでいればいいのだよ」


アーナンダはさらに訊ねた。
「ブッダ。
もしブッダが亡くなってしまったら、ブッダのご遺体をどのようにしたらいいのでしょうか」
「アーナンダよ。そなたたちは私の亡骸についてまであれこれ考えなくていい
そなたたちは修行を続けていなさい。努力を中断させないようにしなさい。
正しい目的を忘れず、そこにだけ向かうよう修行に専念していなさい。


私の亡骸は、王族の人々や、祭司のバラモン、あるいは資産家の方々のなかで、私のことを気にかけてくれている人々の手によって葬られることになるだろう」


「わかりました。
弔いの儀式はその方々に委ねます。その様式はどのようにすればいいのでしょうか」
「私の亡骸は、たとえば王の亡骸を扱うのと同じような方法で処理してくれればいい」
「それはどのような方法なのでしょうか」
「亡骸を布で包み、次に綿で包み、また布で包むという処理を繰り返し、鉄の油槽に入れ、香木の薪を積んで荼毘に付す。
そして四つ辻にストゥーパ(墓)を建てる。およそそのようなものだ。
アーナンダよ。信の篤い人々はそうしてできたストゥーパに向かって礼拝することだろう


第19節 アーナンダの悲しみ

それからアーナンダは、しばしブッダのもとから離れた。住居まで歩き、戸にもたれかかり、そして泣いた。
「私にはまだまだ学ぶことが多くある。すべきことが多くある。
しかし、教え導いてくれる師、ブッダはお亡くなりになってしまう」
アーナンダはブッダと別れなければならない現実に打ちひしがれ、悲しみに暮れた。


その頃ブッダはアーナンダがいつまでたっても戻らないことを気にかけ、近くにいた修行僧にアーナンダの様子を訊ねた。
すると修行僧は答えた。
「アーナンダは住居の戸にもたれかかり、悲しみのあまり泣いております。『私の師はお亡くなりになってしまう』と口に漏らしながら」
「そうか……。
すまないが、アーナンダにこう告げてくれないだろうか。
そなたの師が呼んでいるよ、と」
「かしこまりました」


修行僧はアーナンダのもとへ向かった。
そして悲しみに暮れるアーナンダの姿を見つけると、声をかけた。
「友、アーナンダよ。ブッダがそなたを呼んでおられる」
「……わかりました」
アーナンダは修行僧に返事をし、ブッダのもとへ向かった。


アーナンダはブッダのものへやってくると、丁重に礼拝し坐した。
「そう悲しむのはよしなさい。アーナンダよ。嘆かなくていい。
私は以前から何度も説いてきただろう。愛する人、好む人とも、いつかは別れる時がくると
存在というのは、生まれて、そして滅するのが道理であるのに、どうして滅しないことを望むのか。
そのような道理は存在しない。


アーナンダ。そなたは長い間、心を尽くして私に仕えてくれた。すばらしい行いを続けてくれた。
修行に励むなら、そなたはすぐに浄らかな者になるだろう」


それからブッダは修行僧たちへ言葉をなげかけた。
「修行僧たちよ、聞いておくれ。
これまでの世にも悟りを開いた尊者は何人もいた。そしてそれらの尊者には、心を尽くして仕えることに専念してくれた者たちの存在があった。
ちょうど、私にとってのアーナンダのように
未来の世にも悟りを開く尊者は何人も現れるだろうが、それらの尊者にもきっと、アーナンダのような侍者がいることだろう。


修行僧たちよ。アーナンダは勝れた人物である。
法を説くとき、そこへ人々を導くことができる。
またアーナンダには勝れた性質がある。
修行僧でも在家の人でも、アーナンダと会うと心が喜ばしくなる。
アーナンダの説法を聞くと喜ばしくなる。
だからアーナンダは勝れたる人物なのだ」


そのようにブッダから賞賛され、アーナンダは口を開いた。
「ブッダ……。
あなた様はこのような小さな町で亡くなるような人ではありません。
歩みを進めれば大都市がいくつもあります。チャンパー、ラージャグリハ、サーヴァッティー、サーケータ、コーサンビー、バーラーナシなどの都市があるではありませんか。
さあ、そこまで歩みを進めましょう。
都市には王族や、バラモンの祭司や、資産家がいます。ブッダに心を傾けている者たちがいます。彼らはブッダを丁重に供養してくれるはずです」


するとブッダはアーナンダを静かに諭した。
「そんなことを言うものではない。小さな町などと言ってはいけない」


第20節 大善見王の都市

「よいか、アーナンダ。
昔、この世界には大善見王という名の王がいた。
正義を守り、また法を尊重し、世界を治める王であった。
国土はじつに広大で、また人々は安穏の生活をおくることができてもいた。
その大善見王の国の首都というのが、今私たちがいるこのクシナーラーの地なのである。


その首都は大いに栄え、人民も多く、活気にあふれ、食料も豊かであった。
神々の世界の首都であるかのように、栄えていた。
象や馬や車が行き交い、太鼓や琵琶や銅鑼などが奏でられ、歌声の響く豊かな首都であった。
このクシナーラー地にはそのような歴史があるのだよ」

第21節 マッラ族への呼びかけ

「アーナンダよ。そなたはクシナーラーの市街に行って、そこに住む人々(マッラ族)にこう伝えておくれ。
今夜ブッダが亡くなると。
そして、私の最期に立ち会うことができずに後悔する者がでないよう、集まりたい者はここに集まるようにと」
ブッダの言付けを受けて、アーナンダはクシナーラーの市街へ入っていった。


アーナンダが市街に赴くと、住民たちはちょうど公会堂に集まって用事をしていた。
そこでアーナンダも公会堂に向かい、そこに集まっている人々に声をかけた。
「今夜、夜更けにブッダが亡くなります。その最期に立ち会えなかったといって後悔することがないよう、ブッダのもとに集まりたい者は沙羅双樹のもとに集まりなさい」


アーナンダの突然の言葉を受けて、住民たちは驚き悲しんだ。
あまりにも早い死だと嘆き、涙を流す者もいた
そして住民たちはブッダのもとへと向かった。


しかし、多くの住人がブッダのもとに集まったものだから、1人ずつブッダに礼をしていてはとても時間が足りない。
このままでは挨拶だけで夜が明けてしまうかもしれないと案じたアーナンダは、集まった人々を1つの家族であるかのごとくにまとめ、一団となって挨拶をするように促した。


ちょうど夜の帳が落ちはじめてくる頃合いとなった。
ブッダにとって、最後の夜がおとずれた


第22章 スバッダの帰依

悲しむ大勢の人々なかに、スバッダという名の遍歴行者がいた。
スバッダはちょうど遍歴の途中でクシナーラーに滞在していたところで、たまたまアーナンダの話を耳にしたのだった。
そしてその話を聞いたとき、スバッダはかつて自分の師やほかの遍歴行者らが
「正しく修行を完成させた尊者は、ごく稀に世界に現れる」
と話していたのを思い出した。


ごく稀にしか教えを聞くことのできない人物が、今夜亡くなろうとしている。
その事実を知ったスバッダは不安に駆られた。
もうその教えを聞くことができなくなるのかもしれないが、今ならまだ間に合うかもしれない
私はそのブッダという尊者が教えを説いてくれると信じている。
スバッダは急いでブッダのもとへと向かった。


沙羅樹の林に到着したスバッダは、アーナンダに声をかけた。
「じつは私は以前、修行を完成させた尊者はごく稀に世界に現れるという話を聞いたことがあります。
しかし先ほど市街であなたの言葉を聞いた折、その尊者が今夜亡くなるとの事実を知りました。
どうかその尊者にお会いさせていただけませんでしょうか


スバッダの話を聞いたアーナンダであったが、その申し出を受け入れることは難しかった。
「ブッダは今とてもお疲れになって横になっています。ブッダを悩ませるようなことはできません」
しかしスバッダはなおも懇情を繰り返す。
そして3度目にお願いをしたとき、そのやりとりに気付いたブッダがそっと声をかけた。


「アーナンダよ。私は大丈夫だ。
それほどまでに強く願っているスバッダを退けないでおくれ。
スバッダは何も私を困らせようとしているわけではない。教えを知りたいと願っているのだ
それならば、私も法を説こう。それでスバッダは教えに沿って生きることができるようになるのだから」
ブッダ自身が申し出を受け入れようとしているので、それ以上スバッダの願いを拒む必要はなく、アーナンダはスバッダをブッダに近づけさせた。


スバッダは礼を尽くしてブッダに挨拶をして坐ると、ブッダに話しかけた。
世の中には多くの弟子を従えている尊者が何人もいます
人々から尊敬され、世に名の知れた尊者らは、みな自分の力で真理を悟ったのでしょうか。
それとも、そのような尊者は、本当には悟ってはいないのでしょうか。
ある人は悟って、ある人は悟っていないのでしょうか」


スバッダの問いに対して、ブッダは即座にこう答えた。
「そのような質問はやめなさい。
生きる本質に関係のない、単なる興味から生じる疑問は放っておけばいい
それよりも、私はそなたに真理についての話を伝えたい。
聞いてくれるだろうか?」
スバッダは「はい」と返事をした。


「よいか。スバッダ。
そなたはこれからいろいろな教えに出会うだろう。
そのようなとき、その教えが普遍的に正しい考え方であるか、正しい物の見方であるか、偏ってはいないかと吟味し、そこに正しさを見出すことができなければ、その教えは人の生きる道を説くものではないと知りなさい


反対に、そこに普遍的な正しさを見出したなら、その教えこそ人の生きる道であると理解しなさい
本当に大切なことは何かと考えることが重要なのであって、それ以外の論議は空虚なものなのだ。
善く生きようと志すなら、「人の道」を歩んでいきなさい。
そうすれば、世の中には勝れた人物が次々と台頭してくるだろう。


スバッダよ。私は29歳の時に、生きることの本質を知りたくて出家をした。
それからもう50年が経つ。
その間、私は本当に正しいことを知ろうとし、「人の道」だけを歩んできた
そのほかに、安らかに生きる道などないからである。


スバッダよ。
人はみな、本当に正しいことは何かと問い続けて生きるべきなのだ
そうすれば、世界はすばらしいものになるのだから」


ブッダが話し終わると、スバッダはこう述べた。
「すばらしいお話です。
まるで、覆われていたものが取り除かれたように、方角に迷っていた者に道を示すように、暗闇のなかに火を灯すように、あなた様の教えで生きる道が見えました。
私はあなた様に帰依させていただきたい
教えと、修行僧たちに帰依させていただきたい。
私はあなた様のもので出家をし、戒律を授かって弟子になりたく思います」


スバッダがそう申し出たので、ブッダは出家についてスバッダに説いた。
「出家して戒律を授かり仏弟子となることを望むのであれば、まず4ヶ月の間、別のところで暮らしなさい。
4ヶ月後、修行僧らの承認が得られれば、そのとき正式に戒律を授けて出家することができるだろう
「わかりました。4ヶ月後ということであれば、私は4年間、別の場所で暮らします。
そして4年経ったならば、どうぞ私を出家させてください」


その言葉を聞いて、ブッダはスバッダの志しが確かなものであることを悟った。
そしてアーナンダに、スバッダの出家を認める旨を伝えた。
スバッダはアーナンダにこう告げた。
「友、アーナンダよ。あなたは恵まれたお方だ。
ブッダの側で仏弟子として生きることができるのだから」


こうしてスバッダはブッダのもとで出家することが許されたのだった。
仏弟子の1人として修行僧らの仲間になったスバッダであったが、彼はそれからまもなく教団を離れ、1人で暮らす道を選んだ。
そして日々修行を重ね、ついには悟りを開くにまでいたるのである。
なすべきことをなしとげ、もう迷いの世界に戻ることはないと自覚したスバッダは、人々から敬われる尊者となった。
このスバッダこそ、ブッダの最後の直弟子にほかならない。


第5章 おわる


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