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大パリニッバーナ経の現代語訳 ~ブッダ最後の旅の言行録~ 第6章

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大パリニッバーナ経の現代語訳 ~ブッダ最後の旅の言行録~ 第6章

ブッダの臨終の様子を記述した大パリニッバーナ経の第6章には、ブッダが弟子たちに残した「最後の言葉」が記されている。
その言葉とは一体どのようなものであったのか。
また、ブッダの死後、その遺体はどのようにして葬られたのか。
それらを記述したのが終章であるこの第6章。
大パリニッバーナ経の最後を締めくくる本文を、それでは読み進めていきたい。


第6章

第23節 最期の教え

病の床についたブッダは、側で心配そうにしているアーナンダに告げた。
「アーナンダよ。
そなたたちは、私の死後にこう考えるかもしれない。
教えを説く師はもうこの世にいない。もう私たちの師はこの世にいない、と。
しかし、そのように考えてはいけない。
私がこれまでに説いてきた教えは特別なものではなく、どこにでもある普遍の真理であるから、その教えは私の死後も世界に在り続ける。
また、生き方の規範となる戒律もすでに定められている。
真理戒律
この2つをそなたたちの師と考え、修行を続けていきなさい。


それから、今は修行仲間のことを互いに『友よ』と呼んでいるが、私の死後はその呼び方を改めなさい。
年長である修行僧は新参の修行僧に対して『友よ』と呼んでもいいが、新参の修行僧は年長の修行僧に対して『尊い方よ』と呼びかけるようにしなさい。


また私が入滅した後、現行の戒律に不具合が生じた際には、必要であれば些細な戒律(小小戒)は廃止してしまってもかまわない


それから、修行僧チャンナについてであるが、彼は協調性を持たず、仲間と抗争を起こすなどの行いを続けてきた。
彼は何を発言してもかまわないが、修行僧たちは彼に話しかけないようにしなさい
これは彼を清浄な状態へ導くための罰である」


ブッダはアーナンダに対して一通り話しをすると、次に修行僧たちへ向けてこう告げた。
「私に関することや、法に関すること、また修行僧の集まりに関することや、修行に関することなどで、何か質問や疑問のある者はいるだろうか。
もしあるのなら、今ここで問いなさい。
あとになって、私と話す機会がありながら質問をすることができなかった、と後悔することがないように」


ブッダの促しに対して、しかし修行僧は誰もかも黙っていた。
そこでブッダは再び促し、3度も促したが、それでも誰も声をあげる修行僧はいなかった。
「修行僧たちよ。もしかしたらそなたたちは、私を尊崇するがために声をあげることをためらっているのかもしれない。
それなら、仲間に対して訊ねるようにしなさい
しかし、それでも修行僧たちはみな黙っていた。


その様子を見て、アーナンダはブッダにこう話しかけた。
「ブッダ。これはとてもすばらしいことではないでしょうか。
修行僧の誰もが、ブッダに関して、法に関して、修行僧の集まりに対して、あるいは修行に関して、質問や疑問を抱くことなく歩んでいるということでしょう。
誰の心にも疑問はありません


「アーナンダよ。そなたはみなを信じている。だからそのように浄らかな言葉を発することができる。すばらしいことだ。
ここにいる大勢の修行僧の全員が、1人残らず聖者の道を歩み、悟りを開くことができるはずだと、私も信じている
アーナンダ。そなたはまだ若いが、もちろんそなたも例外ではない」


そして、ブッダは改めて修行僧たちに向けて言葉をなげかけた。
「よいか修行僧たちよ。今こそ、そなたたちに最後の教えを告げよう。
あらゆる存在は過ぎ去っていく。怠ることなく修行に励みなさい
これが50年にわたり修行を続けてきたブッダが弟子たちに残した最後の言葉となった。


第24節 ブッダの入滅

ブッダは横になったまま瞑想に入った。そしてその瞑想は、次第に深く深く沈んでいった。
アーナンダはその様子を見つめ、修行僧の1人、アヌルッダ尊者に訊ねた。
「ブッダは入滅されたのでしょうか」
「いえ、ブッダは入滅されたわけではありません。深い瞑想状態にあることでしょう」


やがてブッダの瞑想は浅くなり、また深まり、そしてあらゆる煩悩の火が消えるとともに、命の灯火も潰えて入滅した
ブッダは亡くなった。


修行僧たちにとって、ブッダの死の衝撃は計り知れないものであった。
この世界に生きとし生けるものはみな、最後にはその身体を捨てなければならない。
修行の末に悟りを開いたブッダもその理のなかにあり、最後には亡くなる。
あらゆる存在は「変化する」という理とともに存在し、生じては滅するという理とともに存在している。
この理をあるがままに受け入れ、理とともに生きることこそが、安楽の道を歩むということでもある


そうした真理を目の当たりにし、アヌルッダ尊者は次の詩を詠んだ。
「心安らかなる人の呼吸は途絶えた。
欲を離れた聖者は真の安らぎに達して亡くなった。
心を正しくとどめて苦痛を耐え忍ぶこともあった。
灯された火が消えるかのように執着を離れ、解脱した」


ブッダとともに生きたアーナンダも、悲しみの詩を詠んだ。
「非常なる怖れが心に起こった。髪の毛がよだつほどに。
正しく悟りを開いた尊い人が、ついに亡くなってしまった」


ブッダが亡くなる姿を目の当たりにした修行僧たちのなかで、まだ愛執を離れていない者は、両腕を地面に突き立てて泣き崩れた
「ブッダの死はあまりにも早い。あまりにも早く亡くなってしまった。
世界の眼となりえる人はもう、お隠れになってしまった」
と言いながら。


しかしすでに愛執から離れている修行僧たちは真理を正しく思い、心にとどめて悲しみに耐えていた。
「あらゆる存在は無常である。生じ滅する理とともにある。
それなのにどうして滅びないということがありえるだろうか
と念じながら。


そんな修行僧たちの様子を見ていたアヌルッダ尊者は、泣き崩れる修行僧たちに告げた。
「涙を拭きなさい。友よ。
嘆くのをやめなさい。
ブッダは何度も説いてくださっていたではないか。
愛しい人とも、好む人とも、どのような人とも別れる時がくるのだと。
無常という存在の真理がありながら、それに反することがどうして起こりえるだろうか
そんなことはありえない。
それがブッダの教えではなかったか」


こうして、ブッダが亡くなった夜にアヌルッダとアーナンダは修行僧たちと語り合い、時に法を説いて聞かせブッダの死を受容していった。


翌朝、アヌルッダはアーナンダに告げた。
「友、アーナンダよ。
クシナーラーの市街に入って、人々(マッラ族)にブッダが亡くなったことを伝えてはくれないだろうか
「わかりました」
アーナンダは返事をすると、衣を整え、鉢を手に取り、1人の従者とともにクシナーラーへ出掛けた。


市街へ到着したアーナンダは、人々にブッダが亡くなったことを教え聞かせた。
アーナンダから話を聞いた人々は深く悲しみ、泣き崩れた。


第25節 荼毘に付す

ブッダの死の知らせを受けたクシナーラーの人々は、クシナーラーにある香料と花輪と楽器をすべて集めた。
そして多くの布を用意し、それらすべてを携えて沙羅樹林のブッダのもとへと向かった。
林のなかを行き、沙羅双樹のもとで横になるブッダと対面した人々は、ブッダを敬い、尊び、辺りを布で囲った。
さらに天幕を張り、そこで舞踊、歌踊、音楽、花輪、香料でもってブッダを供養した


人々は、思った。
「ブッダを火葬するのに、今日はまだふさわしい日ではない。
明日になったらブッダを火葬してさしあげよう」と。
そうして2日目をむかえたが、人々はまだ供養を終えようとはせず、3日目も、
、4日目も、5日目も、6日目も同じように踊り歌うなどしてブッダを供養し続けた。


7日目になり、人々は思った。
「今日、ブッダを供養した後、南に通じる道路を通って都市の南にブッダを運び、外へと続く道に沿って都市を出て、南のほうで火葬に付そう」と。
そこで8人の首長は自らの頭を洗い浄め、新しい衣をまとってブッダを運ぼうとした。
しかしブッダの体を持ち上げようとしても、なぜか体が持ち上がらず、どうしても運びだすことができなかった


そこで首長はアヌルッダに相談をした。
「さきほどブッダを都市の南で火葬に付すために持ち上げようとしましたが、まったく持ち上がりません。なぜなのでしょうか」
「それは、あなたがたの意向に誤りがあるからかもしれない。
北へ通じる道を行き、北の門から都市のなかに入れて、中央まで進んだら東へ向かい、東の門から外へ出て、マクダバンダナという名前の祠堂で火葬するようにしてみてはどうだろうか」
「そのようにしてみます」


首長らは北の門へ向かう意向でもってブッダの体を持ち上げようとした。
するとブッダの体が持ち上がったので、首長らは北の門へ向かって歩みを進めた
都市のなかに入ると、あたり一面にはマンダーラの華が敷き詰められていた。
一向は中央へ通じる道を歩き、都市の中央で東に曲がり、東の門から外へ出てマクダバンダナの祠堂へ向かった。


やがて祠堂に到着すると、人々はアーナンダに問いかけた。
「ブッダのご遺体をどのように火葬すればよいのでしょうか」
「まずご遺体を新しい布で包み、次に綿で包む。それからまた布で包む。
これを何度も繰り返したら、次に鉄の油槽の中に入れます。
そして、さまざまな香木の薪を積み重ね、火葬に付す。
その後、四つ辻に墓(ストゥーパ)を築く。
このようになさってください。


四つ辻に建てられたストゥーパには多くの人々が供養に訪れることでしょう。
花や香などをささげ、礼拝をし、心をこめてブッダを偲ぶ人には、利益と幸福とが訪れるはずです


アーナンダの話を受けて、人々はクシナーラーにある綿を集めた。
そしてブッダの遺体を布で包むと、次に綿で包み、また布で包み、何重にも繰り返し包んでから油槽の中に入れた。
そして香木を積み重ね、ブッダの遺体をその上に安置した。


ちょうどその頃、ブッダの弟子の1人であるカッサパ尊者が、500人ほどの修行僧とともにパーヴァーからクシナーラーへ向かって歩みを進めていた。
すると道の向こうから、一本の花を手に持つ行者がやってきた。カッサパはその行者に話しかけた。
「友よ。あなたは私たちの師、ブッダのことをご存じですか?」
「ええ、知っております。
しかし今日から7日前に、あなたがたの師であるブッダは亡くなられました
ですから私はブッダを弔うために、このように手にマンダーラの華を持っているのです」


ブッダがすでに亡くなってしまったことを知った弟子たちは、嘆き悲しんだ。
しかし、情欲を離れた修行僧は、生前にブッダが説いていた無常という理をよく心に念じ、その悲しみを耐え忍んだ。


すると、そのなかの修行僧の1人が意外な言葉を口走った。
「友よ。悲しむことはない。
これで我々は師から解放されることができるではないか
このことはしてもよい、このことはしてはいけないと、我々を縛ってきた師はもう亡くなられた。
これから我々は、何でもやりたいことをして、やりたくないことはやらないで生きていこうではないか」


「やめよ。
我々の師がおっしゃっていたのは、どれほど愛しい人とも、いつかは別れる時がくるという真理であったはずだ。
形あるものは変化を繰り返す。生まれたものが滅しない道理はない。
そうではなかったか」
カッサパ尊者は嘆き悲しむ修行僧たちへそのように告げた。


同時刻、クシナーラーのマクダバンダナの祠堂では、今まさにブッダが荼毘に付されようとしていた。
4人の首長が代表となり、松明の火を近づける。
しかし不思議なことに、いっこうに火がつかない
何度ためしても火がつかないため、首長らはアヌルッダ尊者に相談をした。
「アヌルッダさん。私たちはブッダを火葬に付すために香木に火をつけようとしたのですが、なぜかまったく火がつきません。
これはどういうことなのでしょうか?」


「火葬に付すのは今ではないということかもしれない。
ちょうど現在、カッサパ尊者が500人の修行僧とともにパーヴァーからこちらへ向かって歩いていきている。
カッサパ尊者が到着しブッダに礼拝をされるまでは、火葬すべきではないということではないだろうか
「わかりました。では、カッサパ尊者の到着を待ちましょう」
こうしてブッダの火葬は直前になってしばし保留されることとなった。


しばらく経ち、やがてカッサパの一向が祠堂へと到着した。
亡き師と対面したカッサパは、もっとも丁重な作法に則って、衣の下から右肩を出し、衣は左の肩にまとめてかけて、合掌をしながら薪の堆積の周囲を右廻りに3度廻った
そしてブッダの足にかけられている布を取り去って、ブッダの足に頭をつけて礼拝した
500人の修行僧も同じように右肩を出し、合掌して、ブッダの周囲を3度廻った。
そうしてカッサパと修行僧たちが礼拝を終えると、堆積されていた薪は自ずと燃えだした。


ブッダは火葬された。
そしてその後には、ブッダの遺骨だけが残った。
クシナーラーの人々は水で残り火を消し、遺骨を取り出すと、公会堂に安置して、周囲に槍の垣と弓の柵をめぐらし、舞踊、歌謡、音楽、花輪、香料でもって7日間ブッダを供養し続けた。


第26節 遺骨の分配

ブッダの訃報は各地に伝わった。
するとマガダ国王、ヴェーサーリーのリッチャヴィ族、カピラ城のサーキャ族、アッラカッパに住むブリ族、ラーマ村のコーリヤ族、ヴェータディーパに住むバラモン、パーヴァーに住むマッラ族たちがクシナーラーに使者を遣わして、自分たちにもブッダの遺骨の一部の分配を受ける資格があることをうったえた


そのように主張する各地の使者に対し、ブッダを弔ったクシナーラーのマッラ族は好意的な返答をしなかった。
「尊い人ブッダは、我々の土地で亡くなられた。
だからたとえ遺骨の一部であっても、他に渡すことはしない


両者の意見は分れた。
するとその場に居合わせたドーナ・バラモンが、集まっている人々に対してこう語りかけた。
「みなさん、どうか私の言葉に耳を傾けていただきたい。
みなさんの師であるブッダは、平生『堪え忍ぶこと』を説いた方ではありませんでしたか。
そのような教えを残した人の亡き後で、その遺骨の分配について言い争いをすることが、ブッダを敬う者としてふさわしい姿といえるでしょうか


あなた方はみな手を取り合い、協力して暮らすべき仲間のはず。
そうであるなら、ご遺骨は平等に8つに分けて、各地にストゥーパを築いて大切にお祀りすべきでしょう
ブッダを尊崇していたのはあなた方ばかりではありません。大勢の人がブッダを慕っていたのです。
誰もがブッダを礼拝できるように、各地にストゥーパを築くべきではないのでしょうか


バラモンの言葉を受けて、頑なな姿勢をとっていたクシナーラーのマッラ族は遺骨を分配することを了承した。そして、このバラモンに遺骨の8分配を頼むことにした。
そこでバラモンは平等になるように遺骨を8つに分けた。
そして集まっている者たちにこう言った。
「みなさん。ブッダの遺骨が納められていたこの瓶を私に譲っていただけないでしょうか。
遺骨ではありませんが、私は瓶を祀るためのストゥーパを建立したいと思います
そこで集まっていた者たちはドーナ・バラモンに瓶を与えた。


また、遺骨の分配が済んだあとで、ピッパリ林に暮らすモーリヤ族が、自分たちにも分配された遺骨を受ける資格があると主張して使者を遣わしてきた。
しかしその時にはすでに遺骨は分配され終わってしまっていたため、モーリヤ族には灰が与えられた。
そうした理由で、彼らはブッダの遺灰を祀るストゥーパを建立することとなった


このようにして、マガダ国王、ヴェーサーリーのリッチャヴィ族、カピラ城のサーキャ族、アッラカッパに住むブリ族、ラーマ村のコーリヤ族、ヴェータディーパに住むバラモン、パーヴァーに住むマッラ族、クシナーラーに住むマッラ族の8ヶ所にブッダの遺骨は分配された
さらに、ドーナ・バラモンには瓶が、ピッパリ林のモーリヤ族には灰が分配された
それらの地ではそれぞれストゥーパが建立され、またそれに際する祭りが催された。


世界に8つの遺骨を祀ったストゥーパと、瓶のストゥーパと、灰のストゥーパがあるのはそのためである


これは、昔に起こった実際の出来事である。
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大パリニッバーナ経 終わる