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大パリニッバーナ経の現代語訳 ~ブッダ最後の旅の言行録~

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大パリニッバーナ経の現代語訳 ~ブッダ最後の旅の言行録~

ブッダの最期を記した経典がある。
マハー・パリニッバーナ・スッタンタ』。
日本では『大パリニッバーナ経』と呼ばれたり、『大般涅槃経』(だいはつねはんぎょう)と呼ばれたり、略して『涅槃経』と呼ばれたりすることもある。
一応ここでは『大パリニッバーナ経』と表記して話をすすめたい。



この経典が非常に興味深いのは、80歳で最後の旅に出たブッダの言行録ともいえる、小説のようなストーリー性をそなえた内容になっている点と、仏教の開祖であるブッダの死についての記述である点。
この経典を読んでいると、
「こんなに物語になっているお経ってあるの!?」
と、まず驚く。
それくらい、日本人が抱くお経のイメージとはまったく違う。


そしてその後にブッダの死の情景を想像し、なんとも言えない悲しい気持ちが起こる。
と同時に、ブッダの遺言でもある『大パリニッバーナ経』にちりばめられた教えの数々が心に深く刻まれる
これほど特殊な経典はほかにないのではないかと思う。


『マハー・パリニッバーナ・スッタンタ』という言葉を直訳すると、「偉大なる寂滅の経」となり、要するにそれはブッダの死の記述を意味している。
生きるとはどういうことなのか、死ぬとは何なのか。
決して思いどおりになることのない「生」「老」「病」「死」の苦悩を問うところから、ブッダの修行ははじまった。そして真の安らぎを求めて真理を追究していった。
そんなブッダの人生最後の言行録ともいえる一大叙述が、この『大パリニッバーナ経』なのである


ここではその全文(全6章)を現代語訳(柔訳)し、誰でも意味がわかるように所々言葉を補いつつ、ブッダの最期とその教えを読み解いていきたい。
なので、ここでの訳は必ずしも語句の正確性を求めたものではない。
むしろ柔軟に加筆し、読みやすいように表現して記述した部分が少なくない
また、原文のなかで同じ言葉が繰り返し述べられる箇所がいくつも登場するが、それらは暗唱する分には問題ないかもしれないが、読む際には非常に煩わしく感じてしまうため大幅に削減もした。


もし正確な現代語訳を知りたい場合は、岩波文庫から出版されている『大パリニッバーナ経 ブッダ最後の旅』(中村元 著)をご一読いただきたい。
正確性という観点から考えて、この訳本の右に出る著作はない。
ちなみに、ワイド版という文庫サイズよりも一回り大きいサイズでも出版されており、読みやすさからいえば確実にワイド版のほうがオススメ。
『大パリニッバーナ経』(岩波文庫)


大パリニッバーナ経の位置付け

ブッダは29歳のときに王子としての位を捨てて城を抜け出し出家者となった。
そして6年にわたる苦行と、その後の坐禅によって35歳のときに悟りを開く。
以来45年。80歳で亡くなるまで、ブッダは諸方を遍歴し真理を説き続けた


その教えは特定の思想や教義を説いたものではなく、自然の摂理ともいうべき真理を扱ったものだった
ゆえにそれは信じるものではなく、どちらかといえば納得するというような、どのような人にでも理解できる普遍的事実が中心となっていた。
それが仏教(ブッダの説いた教え)の特徴である。
(※現在の日本に普及している大乗仏教は信仰という面も強い)


80歳になったブッダは、ある日、説法の旅に出ることを決意する
悟りを開いてより45年間、主にガンジス河の中流域を歩き、村々を回って人々に真理を説き続けてきたが、その次なる旅路への出発。
それが最後の旅になるなどとは、さすがに予想もしなかったことだろうと思う一方で、もしかしたら死期を感じての出立であったのかとの思いもよぎる。


大パリニッバーナ経に限らず、多くの経典は
「私はこのように聞いた」
というフレーズからはじまる。
当時のインドには、聖なる教えは文字として書き残してはならず、必ず口伝で他者へ伝えなければならないという考え方があった
そのため、最もブッダの近くで教えを聞いていた弟子のアーナンダが、ブッダの言葉を耳で覚え、その記憶が後世にそのまま経典として文字化されたのである。
つまり上記のフレーズを補えば、
「私アーナンダは、ブッダの教えをこのように聞いた」
という意味となるというわけだ。


ブッダの死後、弟子たちは一堂に会しブッダの教えを確認しあうという、いわゆる「結集(けつじゅう)」とよばれる仏弟子会議が行われた。
そこでアーナンダがブッダの教えを思いだし唱え、弟子のなかの長者らに承認されることで、その言葉はブッダの言葉として認められ弟子から弟子へと口伝によって継承されていった。
つまり『大パリニッバーナ経』とは、アーナンダの一大叙述によるものなのである


さて、それでは前置きはこれくらいにして、さっそく『大パリニッバーナ経』を読み進めていきたい。
我々日本人の感覚から想像する「お経」とはまったく印象の異なる、完全なストーリー性をもった物語のお経の世界を。

第1章

第1節 鷲の峰と大臣

私はこのように聞いた。


ある時、ブッダはインド北東部に位置するマガダ国の首都ラージャグリハ(王舎城)のそばにそびえる山、霊鷲山(りょうじゅせん)にいた。
霊鷲山という名前にはいわれがある。それというのも、山頂に鷲が住んでおり、また鷲の姿に似た岩があったからだ。
だからこの山頂は通称「鷲の峰」ともいう。
ブッダはよく、この「鷲の峰」で修行僧たちに教えを説いていた。


ある日、ブッダを訪ねて霊鷲山を上ってくる者がいた。マガダ国の王であるアジャータサットゥの使者として、大臣がやってきたのである。
大臣は平地のあいだは乗り物に乗っていたが、道が険しくなったところからは歩いて山をのぼってきた。
そしてブッダのもとへたどり着いた。
「ブッダよ、お体はいかがか。ご機嫌はよろしいか。今日はマガダ国王の使者として参らせていただいた」
大臣は挨拶し礼拝を終えると、ブッダに話しかけた。


「じつは、我がマガダ国の王アジャータサットゥは、マガダ国の北部、ガンジス河の北岸に広がるヴァッジ族を滅ぼそうとしている
ヴァッジ族は大いに栄え活気にあふれているが、それを武力で征服し、広大な土地と富とを得ようとしている。


王は私にこのようにおっしゃった。
『大臣よ、ブッダのもとを訪ねるのだ。ブッダに会って、私がヴァッジ族を滅ぼそうとしていることを伝えてほしい。
そしてブッダがどのような返答をするか、その言葉をよくよく覚え、忘れることなく私に教えよ。
悟りを開いた人物の言葉には誤りがないのだから』と」


大臣は国王の命を受けて、ラージャグリハを出発してブッダのいる霊鷲山へとやってきたのだった。
軍略の参考意見を伺うために。


大臣からの質問に対する返答を乞われたブッダは、黙ったまま後ろを振り返った。
ブッダの背後では、側近の弟子アーナンダが扇を煽いで涼しい風をブッダに送ってくれていた。
「アーナンダよ。そなたは、ヴァッジ族の人々は会議を開いて話し合いをし、その場には多くの人が集うということを聞いたことがあるか?」
「はい。そのような話を私は聞いたことがあります」
「そうか。そうであるなら、会議を開いて話し合いをし、その場に多くの人が集うあいだは、ヴァッジ族が衰亡することはないであろう」


「ではアーナンダよ。ヴァッジ族は何事も協力し合って、力を合わせて為すべきことを為すという話を聞いたことはあるだろうか?」
「はい。そのような話も聞いております」
「では、先人が定めた法を破らず、きちんと法に従って行動するという話はどうか?
年長者を敬い、尊び、その言葉に耳を傾けるという話はどうか?
女性に暴力を振るわないという話はどうか?
霊域を敬い、供物を絶やさないという話はどうか?
修行者を守り、領土のなかで安らかに暮らすことを願うという話はどうか?」


「ブッダ、私はそのいずれの話も聞いたことがあります。」
「そうか。それならヴァッジ族が衰亡することはないだろう
ブッダは、アーナンダがこれら7つの話のすべてを耳にしていることを確認すると、前を向き直した。そしてマガダ国の大臣に対してこう告げた。


「大臣よ。私は以前ヴァッジ族の霊域で暮らしていたことがあった。
そこで私はヴァッジ族の人々に対し、衰亡をきたさないための教えを説いた。今アーナンダに確認した7つの話だ。
この7つの教えがきちんと守られているあいだは、ヴァッジ族は栄え活気にあふれ、衰亡することはないだろうと、私は彼らに伝えた
どうやらその教えは、今もしっかりと守られているようだ」


ブッダはヴァッジ族に攻め入ることに対して否定も肯定も明言せず、ヴァッジ族がどのような民族でどのように暮らしているのかを大臣に教えたのだった
すると大臣はしばし思索の後、口を開いた。
「なるほど。その7つの教えのなかの1つを守っているだけでも大したものと考えたほうがよいだろう。
しかもヴァッジ族は1つどころか7つ全部を守り暮らしている。
たしかにヴァッジ族に衰亡はないかもしれない」


大臣は続けた。
「ブッダよ、どうやらマガダはヴァッジ族を滅ぼすわけにはいかないようだ。
武力でもって争うのではなく、話し合いなどの外交手段に切り替えたほうが賢明だろう
さて、そうとわかればグズグズしてはいられない。王が待っているし、我々は何かと忙しい。
それでは失礼させていただくよ。どうもありがとう」


大臣は謝辞を述べると、喜びの笑みをたたえて座から立ち上がった。
「どうぞお行きなさい」
ブッダはそう言って、大臣の後ろ姿を見送った。


第2節 修行僧への説法

大臣が「鷲の峰」を去ると、ブッダは再びアーナンダに話しかけた。
「アーナンダよ。1つ用事を頼んでもよいだろうか。
首都ラージャグリハの周囲で精進を重ねている修行僧らを説法の場に集めてほしいのだが
「ええ、かしこまりました」
アーナンダは快く返事をすると、すぐにラージャグリハへと向かった。
そして近郊にいる修行僧らに声をかけて、説法の場へ向かうように告げて回った。


ほどなくして、多くの修行僧が霊鷲山の説法の場に集まってきた。
「ブッダ、修行僧らが集合しました。いつでも法話をはじめていただいて大丈夫です」
アーナンダの知らせを聞いて、ブッダは立ち上がった。
そして説法の場に赴き、用意された座に腰を下ろして、ブッダは説法をはじめた。


「修行僧たちよ。我々修行僧が衰退しないためにはどうしたらよいだろうか
今からそのような話をしたいと思う。
まず、我々修行僧が衰退しないための7つの事柄について話をするので、よく心にとどめておいてほしい」
ブッダの声掛けに、集まった修行僧らは耳を澄ました。


「1つ目は、話し合いをすること。その話し合いの場に多くの人が集まり、話し合いが保たれるあいだは、修行僧たちは向上し衰退はない。
2つ目は、協力を惜しまないこと。仲間で常に力を合わせて取り組み、協同する心があるあいだは、衰退はない。
3つ目は、定められた戒律を破らずに実践すること。
4つ目は、年長の出家者を敬い、経験豊かな出家者の言葉に耳を傾け学ぶこと。
5つ目は、欲に負けないように精神を養うこと。
6つ目は、林の中に居住し、町に住まないこと。
7つ目は、よき修行仲間ができるように、また、よき修行仲間が心地よく過ごすことができるようにと願うこと。
以上の7つが修行僧たちのなかに存在し、よく保たれているあいだは、修行僧たちに衰亡はない」


ブッダは一息つくと、再び話しはじめた。
「衰退しないための教えはまだある。次にまた7つ挙げるので、それもよく覚えておいてほしい」
修行僧たちは頷いた。


「1つ目は、体を動かしたいという欲求にかまけないこと。
2つ目は、お喋りに夢中にならないこと。
3つ目は、睡眠を貪らないこと。
4つ目は、あまり社交的にならないこと。
5つ目は、悪い欲望を抱かず、心を支配されないこと。
6つ目は、悪い仲間をもたないこと。
7つ目は、多少の境地に到達した程度で満足し、修行を中断させないこと。
この7つも心にとどめておいておくれ」


ブッダはその後も修行者たちに衰退しないための教えを説いた。
信念があり、悪を厭い、悪を恐れ、博学で、努力を重ね、心が集中し、真実について知り得た智慧があるあいだは、修行僧らに衰退はない。

意識を張り、真実を見極め、努力を忘れず、足るを知って喜び、安らかな心であることに努め、精神を統一し、あらゆる執着から離れていれば、修行僧らに衰退はない。

あらゆる存在は変化を繰り返す無常なものであることを忘れず、したがって存在には不変的な自性がないことを理解し、見た目に惑わされず、現象に価値を求めず、あらゆるものを捨て去ろうとし、欲情から離れ、主観的な独断で物事を曲解することがなければ、修行僧らに衰退はない。

慈悲の行動をし、慈悲の言葉をかけ、慈悲の心で過ごし、食事を分け与え合い、戒律を守り、どこまでも真理を見抜いていこうとする生き方をしているあいだは、修行僧らに衰退はない。


ブッダはこうして「鷲の峰」の説法の場において、修行僧たちに衰退をきたさないための教えをいくつも説いた。
戒律とは何か、精神統一(禅定)とは何か、智慧とは何か。そのほかにも多くの法を説いた。
そしてそれらの教えを行じることによって生じる功徳は大きく、煩悩によって苦悩する生き方から抜け出すことができるようになると。


第3説 旅路へ

ブッダはラージャグリハの近郊でしばらくのあいだ過ごした後、アーナンダに告げた。
「さて、アーナンダよ。また旅に出ようか。修行僧たちとともに、アンバラッティカーの地へと向かおう」
「わかりました。ブッダ」
ブッダは霊鷲山を出発し、多くの修行僧と一緒に北へと歩きはじめた。


やがてアンバラッティカーの地へ到着した一向は、貸し与えられた別荘に身を寄せることにした。
そこでもブッダは修行僧たちに法を説いた。
それは鷲の峰にて修行者たちに説かれた教えと趣旨を同じくするもので、戒律とは何か、精神統一とは何か、智慧とは何かという、仏教の根幹に位置する教えである「三学(さんがく)」が主であった。


アンバラッティカーの地でしばし休息をとると、一向はまた北へ向かって出発した。
次なる目標の地はナーランダーである。
そして旅路の末にナーランダーに到着すると、マンゴーの林でしばしとどまることにした。


マンゴーの林で休息をとっていると、ブッダのもとにやってくる修行僧がいた。
弟子のなかの長老であるサーリプッタである。
サーリプッタはブッダのそばまでやってくると挨拶をし、近くに腰を下ろした。
そしてブッダに話しかけた。


「ブッダ、私はこう思うのです。
この世界には多くの修行僧やバラモンの祭司などがいるけれども、ブッダよりも深く真理を知り得た人物はこれまでいなかったし、これからもいないだろうと。また、現在においてもいないだろうと
「サーリプッタよ。そなたの言葉はいつも堂々としていて素晴らしい。獅子の発する砲口のように雄大だ。しかし……」
ブッダは言葉を続けた。


「しかしだ、サーリプッタ。これまでにも真理を知り得た人物はいた。
そのような尊い人物の心を、そなたは知っているのか?
その人がどのように戒律を保ち、どのような教えを説き、どのように真理を悟り、どのように生き、どのように安らかな境地にあったか、そのすべてをそなたは本当に知っているだろうか?

「いえ……知っているわけではありません」


「これから先の未来にも、真理を知り得る人物はあらわれる。
それらの尊い人物の心もまた我々他人が知り得ることはできない。もちろん、現在においても。
しかし、そなたははっきり『いない』と意図して言葉を発した。それにはなにか理由があってのことだろうか」
ブッダは、自分が特別な存在ではないこと、誰もが真理を知り得ることをサーリプッタに伝え、サーリプッタの真意を問うた。


「ブッダよ、私は他人の心を知ることができるわけではありません。

私にできることは、ものごとを推測することくらいです。
たとえば堅固な城壁に囲まれた都市があったとします。
その城壁に門が1つしかなかった場合、門衛はこう考えることでしょう。
どのような人物であったとしても、城壁の内に入るにはこの門を通るしかない、と。
そのような推測ならできます。


どのような人であっても、煩悩をはっきりと自覚し、自己に執着せず、思いどおりにならない道理を知り、あらゆるものは無常であり、また無我であることを理解し、意識を張り、真実を見極め、努力を忘れず、足るを知って喜び、安らかな心であることに努め、精神を統一し、あらゆる執着から離れていれば、ブッダのおっしゃるように誰もが悟りを開くことができるのでしょう


サーリプッタは自分の考えが不完全であったことを認め、真実を知り得る法門のありかたを述べた。


ブッダはサーリプッタとの問答の後、修行僧たちに教えを説いた。
それはやはり、戒律とは何か、精神統一とは何か、智慧とは何かという、三学を主題とするものであった。
真実を知り得る智慧を会得することで、人は誰でもブッダ(目覚めた者)になりえる
そのために戒律を保ち、精神統一の修行に打ち込むべきであると。
そうすることで人はあらゆる執着から離れることができ、悟りを開くことができるのだと。


第4節 パータリ村にて

ナーランダーのマンゴーの林でしばらくのあいだとどまった後、一向は再び歩き始めた。
次なる目的地はパータリ村である。


パータリ村にブッダらが到着すると、村の在家信者らがブッダのもとへ集まってきた。
村にブッダが到着されたという話が広まっていたようだ。
彼らは丁重に挨拶をし、大地に腰をおろし、ブッダに話しかけた。


「ブッダよ、ようこそおいでくださいました。どうか我々が用意した休息所でお体を休めてくださいませんか」
ブッダはその申し出を承諾した。
彼らはブッダの承諾を喜び立ち上がると、ブッダに対して自分の右肩を向け、尊敬の念をあらわす作法に則ってブッダの周囲を廻った


彼らはブッダらが休む場をこしらえるために休息所に向かい、準備をはじめた。
敷物を広げ、ブッダや他の修行僧らの席を設け、水瓶を置き、油の燈火も点灯させた
火を灯すのは尊者への礼儀であり、水瓶の水は飲み水であり、また手を洗うための水でもある。
そして諸々の準備が整うと、再びブッダのもとへ戻ってきた。
「ブッダよ、休息所の準備が整いました。いつでもいらっしゃってください」


ブッダは彼らの言葉を受けると、衣を正して修行僧らとともに休息所へ向かった。
休息所に到着すると、ブッダらは両足を洗ってから中へと入った。
ブッダは部屋の中央に立っている柱の傍まで進んで、東を向いて坐った。
修行僧らは部屋の西側に、やはり東を向いて坐った。ちょうどブッダの後ろに並ぶような位置である。
パータリ村の信者らは、修行僧らの反対側である東側に坐り、ブッダらに面と向かって相対した。


彼らが坐ると、ブッダは彼らに話を説きはじめた。
悪い行いをする者には、5つの禍いがふりかかる
まず、財産を失う。次に、悪い評判が広まる。それから、人と会えばおどおどしてしまい不安が離れず、死ぬ時には恐怖で精神が錯乱する。そして、死後は地獄に堕ちる。
これが、悪い行いをする者にふりかかる5つの禍いである」


ブッダは話を続けた。
「それとは反対に、善い行いをする者には5つの善果がもたらされる
まず、品行が善いことで富を得る。次に、善い評判が広まる。それから、どのような人と会っても堂々としていて、死ぬときも恐怖にのたうちまわることがない。そして、死後は天にのぼる。それから……」


説法は夜がふけるまで続いた。
パータリ村の人々はブッダの話を聞き、時に励まされ、時に喜んだ
そして頃合いとなったところでブッダは話を終えた。
「もうすっかり夜になってしまったようだ。話はここらへんにしておこう」
人々は感謝の言葉をブッダに伝えると立ち上がり、右肩をブッダに向けてその周囲を歩くことで礼を尽くし、休息所を出て行った。
人々が部屋を出て行くと、ブッダは別の部屋に入って眠りについた。


翌朝。ブッダは早くに目覚めると、アーナンダに話しかけた。
「このパータリ村には城壁が設けられつつあるようだが、この城壁を建設しているのは誰なのか知っているか?」
「ええ、どうやらマガダ国の大臣が城壁を築く指示を出しているようです」
ブッダがパータリ村にやってきた頃、偶然にも時を同じくしてマガダ国の大臣が2人村に滞在しており、彼らはヴァッジ族の侵入を防ぐためにパータリ村に城壁を築いていたのである。


当時、マガダ国は領土の拡大を目論んでいた。
しかし各地へ遠征するためには拠点となる都市が不可欠で、都市を守るには城壁を築くのが最も効果的。
パータリ村に築かれつつあった城壁はそうした目的によるものであった。


「そうか、マガダの大臣が城壁を築いていたのであったか。
アーナンダよ。高貴な神々が宿る地方には、有力な国が居をかまえようとするという
まさにこの地はそのとおりなのだろう。

このパータリ村が優れた村である限り、また商業の要所である限り、ここは首都としての機能を有し、多くの物資の集散地となるに違いない。
しかしそのような優れた村も、3つの災難から逃れることはできない。
3つの災難とは、火、水、それから分裂だ」


さて、パータリ村に滞在していたマガダの大臣らは、ほどなくしてこの地にブッダが訪れていることを知った。そしてブッダに会いにやってきた。
ブッダを見つけると大臣らは喜びながら挨拶を交わし、話しかけた。
「ブッダ、どうか今朝は私どもの家で食事をなさってはくださいませんか?」
ブッダは申し出を了承した。


大臣らは急いで自宅へと戻り、ご馳走の準備をはじめた。
そして準備が整うと、ブッダを呼びに戻った。
「準備ができました。いつでもいらっしゃってください」
ブッダは衣を正すと、食事を受ける鉢を携えて大臣の家へと赴いた。
自宅にやってきたブッダらに対し、多くのご馳走を施してもてなしたあと、大臣らは下手に坐った。
そこでブッダは次の詩句を説き聞かせた。


聡明なる人が
住居をかまえる地において、
清浄な者たちを供養したならば、
そこにいる神霊たちは
聡明なる人に功徳を与えるだろう。
神霊は、供養されたならば、また供養を廻らし、
崇敬されたならば、また崇敬を廻らす。
そうして愛護する姿は、
あたかも母がわが子を愛護するに似る。
神霊の加護を受ける人は、つねに幸運に会う。


この詩句を聞いた大臣らは、大いに喜こんだ。
ブッダは話を終えると、座から立ち上がって、修行僧らとともにパータリ村を出発する準備をはじめた。
大臣らはブッダのあとに続き、ふとこんなことを口にした。
「今日、悟りの道を知る人ブッダがこの村を出るときに通過する門は、『ゴータマの門』と名付けられることだろう。
また、ブッダがガンジス河を渡る際に用いた場所は、『ゴータマの渡し』と名付けられるだろう」
このようにして、「ゴータマの門」「ゴータマの渡し」という名称は生まれたのであった。
ゴータマとはブッダの名前である。


パータリ村を出立した一向はさらに北を目指して歩いた。
そしてついにガンジス河へと差し掛かった。
河の水は満ちていて、渡し場のすぐ足もとまで及んでいた。渡し場に立つカラスでも水をのめるほどである。
渡し場に集まった人々はみな、対岸へ渡るための舟や筏をもとめていた。自分で筏を作っている人もいる。


人は迷いの岸である此岸から、悟りの岸である彼岸に渡ろうとしている
そのために、河を渡るための乗り物を欲している。
ブッダもまた同じく悟りの岸を求め、河を渡り、目覚めた人となったのであった。


ブッダは再び人々に目をやった。
舟を求める人。
筏を求める人。
自分で筏を作る人。
人は乗り物を欲している。
その時ブッダは、心の内に生まれた言葉を口ずさんだ


水に触れないよう橋をかけて苦しみの海を渡る人がいる。
木々を蔓縄で結びつけて筏を作って苦しみの海を渡る人がいる。
真理を見る者は、すでに渡り終わっている。


大パリニッバーナ経,ブッダ最後の旅,ガンジス河


1章 終わる


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