曹洞宗の焼香は2回じゃなくて1回で大丈夫な話
お葬式の時のお焼香ってさ、何回焚けばいいのかとか、額に押しいただくとか、いただかないとか、宗派によって作法が違っててややこしいよね。
あれってやっぱり、それぞれに意味があるの?
まあ、一応は意味付けがされている。
1回焚くのであれば、「一心に香を焚く」とか「一に帰す」とか。
3回焚くのであれば、仏法僧の三宝を供養するとか、貪瞋痴の三毒を離れるとか、身口意の三業を浄めるとか。
仏教には3にちなんだものが多いから、3回ってのはそのあたりの意味付けをされることが多いみたいだな。
……なんか、語呂合わせみたいだね。
実際はそんなもんだよ。
焼香自体は原始仏教の時代から尊ばれ行われてきたが、回数にこだわることなんてなかった。ぜんぶ後世になって独自に意味付けされたものにすぎない。
あやふやだと困惑する人がでてくるから、ある程度のところで規定しただけなんじゃないか。
宗派で回数や解釈が異なっているという事実が、まさに焼香の回数や解釈に本来的な意味はないことの証左と言える。
というか、宗派内であっても意見はけっこうバラバラなのが実状だしな。
そうなんだぁ。
なんか回数まで厳密に決まっているようなものだと勝手に思っちゃってるから、間違えちゃいけないような気がしてるんだけど、あんまり回数にこだわる必要なんてないのかもね。
心を込めて焼香をすることが大切なのであって、回数を気にする必要はないと説明する僧侶は多いぞ。
回数が厳密に決まっていると思い込んでしまうのは、ネットの情報が原因かもしれんな。
なぜかネットの情報は回数が明文化されていることが多いから。
実際のところ、ネットの情報で間違っているものとかもあるの?
まあ、そもそも正しい焼香なんてものがあるということが言えないから、間違った焼香なんてものもないという論理になるかもしれんが、それでもおかしな情報はある。
へえ、あるんだ。
たとえば?
たとえば、曹洞宗の焼香は、ネットの情報だとなぜか2回と書かれていることが多い。
その場合、1回目の焼香は「主香」で、2回目は「従香」とされている。
確かにそれらの言葉自体は存在する。
主香と従香の2回の場合、供養のための焼香は1回目だけで、2回目の従香は火種が消えないためとか、煙が長いあいだ立ち上っているようにという理由で焚く、いわば燃料補給の意味での焼香なんだ。
だから曹洞宗の焼香の作法の説明では、1回目は額に押しいただき、2回目は押しいただかずにつまんだらすぐに焚くという、計2回とされる。
2回目の焼香に供養の意味合いはないから、念じる必要もないというわけ。
なるほど、1回目と2回目とでは焼香の意味が違っているのね。
でも、それならネットの情報正しいじゃん?
ところが。
そもそもこの2回焼香を行うという作法は、法要の導師だけが行う作法なんだよ。導師は法要の途中で何度か焼香をするんだが、次の焼香まで時間が空くことが多い。
そこで、火種が消えないようにとか、煙が長いあいだ立ち上っているように、2回目の焼香である従香をするんだ。
香の量を増やすという目的でね。
導師だけってことは、ほかのお坊さんは2回焼香しないの?
しない。
法要に複数の僧侶が参加していても、導師以外は全員1回だけ焼香をする。
逆に2回焼香をしたら、「お前は導師じゃないだろう」と指摘されかねない。
それに、そもそも従香というのは次の焼香までに時間が空くから抹香の量を増やすという意味の焼香なんだから、複数人が連続して焼香する場合は従香をする必要なんてないはずだろ?
次々に焼香がされれば、火種や煙が途切れることなんてあるわけないんだから。
ああ、たしかに。
お葬式とかで大勢の人が次々に焼香するような状態で、火種の心配なんか無用だわね。
だろ?
曹洞宗の大本山である永平寺でも、参拝者への焼香の説明は「1回だけ」とはっきり言っている。
だから「曹洞宗の焼香は2回」が正しいなんてことは言えないわけだ。
まあ、別に2回焼香するのは間違いだって声を荒げるほどの話じゃあないから、どちらでもいいんだが、「2回が正式」と書いてある文章に根拠はないということだけは知っておいても損はない。
むしろ、一般の焼香は1回のほうが正式に近いと言えるからな。
うーん、なるほど。
やっぱりネットの情報っていろいろなんだね。
じゃああれは? 押しいただくとか、いただかないとかってやつ。
あれにも何か意味があるの?
基本的に、押しいただくというのは「念じる」「想いを込める」という意味合いになる。
何を念じているのかといえば、多くの場合、故人の冥福だろう。
「無事に仏さまになられますように」とか、「安らかでありますように」とかっていう意味合いで額にいただいているわけだ。
だから、故人を偲ぶ気持ちを行為として表したのが「押しいただく」という行為なのであって、押しいただいてはいけない理由は基本的にはない。
ただし、浄土系の宗派に限っては若干問題がある。
なんで?
偲んじゃいけないの?
浄土系の宗派では、故人は亡くなったらすぐに仏さまになるから、念じる必要がないと説明されるんだ。
念じなくたってもう仏として極楽に安住しているということ。
「仏さまとして安らかにお過ごしください」という意味で念じるのなら問題ないように思うんだが、基本的に念じる必要はないと説明される。
それに、香を焚くのは故人の冥福を祈るためではなく、自分の身を清浄なものにするためという解釈も存在する。
香によって身を浄めるというのは、実際にインドの時代から存在する香の使用法だから、何もおかしな解釈ではない。
自分の身を清浄にするための焼香か……。
そんなふうに考えたことはなかったな。
聞いてると、焼香に正しい作法なんて存在しないようにも思えてくるね。
それぞれの都合で決めてるというか。
ほかにも何か気を付けることってあるの? 焼香に関して。
あるよ。
たとえば、香をつまむのは右手の親指と人差し指と中指の3本だけとか。
えっ、そんなルールあったの? 知らんかった。
それは守らなきゃいけない作法なの?
これは守ったほうがいい。
というのも、インドでは右手は清浄で左手は不浄という認識が常識として存在する。
さらに、右手であっても使用するのは親指と人差し指と中指だけとされていて、薬指と小指は使用すべきではないと考えられているんだ。不浄だからという理由で。
まあ、インドというよりも、ヒンドゥー教の文化圏に共通する認識といったほうが正確なんだろうが。
だから焼香に限らず、たとえば食事なんかでもこの作法は厳密に守られている。
手で食べ物を掴むときに、薬指と小指は使わない。
実際、永平寺でも食事の際に薬指と小指を使用することはない。
少々不自然にも見えるが、左右3本の指だけで椀を持っているんだよ。
だから焼香をする際に、指だけは気を付けておいてもいいかもな。
へぇ~、知らないことがあるもんだね。
ほかにも何かある? 守ったほうがいい作法のようなもので。
うーん。
守ったほうがいいというか、
「こいつ、デキるな……!」
と思わせる焼香の仕方はあるぞ。
……なにそれ?
焼香に「デキるやつ」とかあるの? ちょっと意味わかんないんですけど。
それがあるんだよ。
焼香って、最初に合掌して頭を下げてからするだろう?
そして焼香の後にも、もう一度合掌をして頭を下げる。
この2回目の頭を下げる礼なんだが、これを焼香の香炉の前でやってないか?
……うん、香炉の前でやってる気がする。
っていうか、普通そうじゃない?
圧倒的に香炉の前で礼をする人が多い。
しかし、なかには「デキる」人がいて、香炉から1、2歩横にずれてから合掌一礼をする人もいるんだ。
これは相当「デキる」人の作法だといえる。
え、どういうこと?
横にずれてから一礼すると、何かいいことでもあるの?
自分にとっていいことがあるんじゃなくて、次に焼香を待っている人がすぐ後ろにいるから、その人のためにまず焼香のスペースを空けるということなんだ。
香炉の前でじっくりと合掌一礼をしていると、いつまで経っても次の人が焼香できないだろ?
だから香炉の前から移動して、それから一礼するわけ。
それならどれだけ時間をかけてじっくりと一礼しても次の人に迷惑がかかることはない。
なるほど、そういうことかぁ!
考えたこともなかったな。
でも、そこまで時間を気にしなきゃダメなの?
なんだか小忙しい発想のようにも思えるんだけど。
えーと、ちょっと事務的な話に聞こえるかもしれないが、葬儀での焼香はあまり時間をかけることができないんだ。
というのも、葬儀が終ったあとに出棺の準備をして、そして火葬場へと向かうわけだが、葬儀が始まる前から火葬の時間というのは決まっている。あらかじめ。
だから葬儀社の人たちはなるべくスムーズに焼香が流れて、余裕をもって出棺ができるように意識している。
そのほうが遺族にとって良いと判断しているわけだ。
事実、そのとおりだろうな。
だから焼香は、次の人にスペースを譲ってから一礼するのが望ましい。
へぇ、けっこうタイトなスケジュールなのね。
次の人にまずスペースを空ける、か。
たとえばハンバーガーを買う時、注文をしたら一旦レジの前から離れるだろ?
それで、受け取る順番になったらもう一度レジのほうに取りに行く。
もし注文をしてレジから動かなかったら、迷惑甚だしいとは思わんか?
そりゃ迷惑よ。というか、普通にありえんわ。
お店の人が黙ってないだろうし。
まあ、ハンバーガーと一緒ではないけど、要はそういうことだ。
焼香でも何でも、次の人にまずスペースを譲るというのは、改めて考えてみれば自然なマナーと言えるんじゃないかな。
まあ、言われてみれば、たしかに自然なマナーとも言えるような気がする。
OK。
今度お焼香する機会があったら、横にずれてから一礼するようにしてみるよ。