醍醐味ってどんな味? カルピスとの意外な関係
「行間を読むのが小説の醍醐味」
「ジェットコースターの醍醐味は出発直後の急降下」
などと使われる醍醐味(だいごみ)という言葉は、「物事の一番の面白味」「奥深い味わい」「神髄」といった意味を持つ言葉である。
この醍醐味という言葉が仏教から生まれた仏教用語であることをご存じだろうか。
仏教では生乳を精製する過程を五段階に分け、それぞれに名前をあてたのだが、その最上位を醍醐(だいご)というのだ。
そこから「物事の最上の味わい」という意味で醍醐味という言葉(用法)が生まれた。
生乳が精製される五段階に付けられたそれぞれの名称は、以下のとおり。
- 乳(にゅう)
- 酪(らく)
- 生酥(せいそ)
- 熟酥(じゅくそ)
- 醍醐(だいご)
以上の5つを仏教では五味(ごみ)と呼ぶ。
『涅槃経』(ねはんぎょう)という経典のなかに、乳は牛からできて、酪は乳からできて、生酥は酪からできて、熟酥は生酥からできて、醍醐は熟酥からできる。醍醐が最上である。
というような記述があるが、乳からはじまり醍醐を最上とする乳の精製の過程を五段階で考えたものが五味というわけである。
ただし、それぞれの名称が判明していても、名称が示す乳製品の具体像についてはなかなかはっきりとしたことがわからない。
人によって説がバラバラなのである。
加熱して精製するという点は間違いないと思われ、あとは当時冷蔵庫が存在しなかったことから発酵によってできる乳製品なのではないかという点は、大方の共通認識としてある。
しかし、やはり現代にまで正確なレシピが伝わっていないものであるから「思われる」の域をでないのだ。
それら五味のなかでも特に謎なのが醍醐である。
もっとも上位に位置付けられる、いわば五味の王として君臨する醍醐であるから、これが何かを明らかにすることは昔から注目されてきた。
醍醐の予想はそれこそ人それぞれで、ヨーグルトのようなもの、チーズのようなもの、練乳のようなもの、クリームのようなものなど、いろいろな説をこれまでに見聞きした。
最高の乳製品は何だろうかと、皆いろいろな想像をしたわけである。
しかし、そのほとんどが根拠を有しているわけではなく、そう書いてある本を読んだとか、そうやって人から聞いたことがあるとか、単にそう思っているとか、結局は不鮮明なのであった。
そうした多種多様な想像のなかで唯一、文献に基づいて根拠を明示しつつ醍醐の正体を明らかにした主張を、1つだけ知っている。
北海道の帯広畜産大学の有馬秀子教授を中心としたグループが挑んだ、醍醐再現実験についてのレポートだ。
有馬教授による醍醐再現実験
有馬教授を中心とするグループは、1987年の冬、謎につつまれた最高の乳製品、醍醐の再現を試みた。
その再現の手順として重要な根拠となるのが、中国において著された『本草綱目』という、植物・動物・鉱物などの物質による医薬品としての製法・効能・使用法を記した医学書である。
『本草綱目』は西暦約500年から1500年までの1000年にもわたる医薬品研究が蓄積された医学書の集大成であり、この書物のなかに醍醐に関する記述が存在するのだ。
有馬教授らはこの記述に基づき再現に着手した。
その実験手順と精製された乳製品の形状・特徴などを要約すると次のようになる。
- 生乳を鍋で加熱して数回沸騰させ煮詰め、器に移して冷ます。
- 冷めると濃縮乳の表面に皮膜(凝固層)ができるので、下の液状層と分離して集める。このうち、液状層を発酵させたものが酪である。つまり、酪とは現在でいうヨーグルトのようなものと考えられる。
- 2で液状層を除いた皮膜(凝固層)のみを集めたものが生酥。
- 生酥を再び加熱し、練り上げ、冷却してまた凝固させる。この再加熱・再冷却で固まった酥が熟酥。
- 熟酥に穴を開けしばらく待つと、穴から液体が滲み出てくる。この液体を集めたものが醍醐である。したがって醍醐は液状(油)の形態をしており、平たく言えばバターオイルである。
有馬教授らによる以上の再現実験により、少なくとも『本草綱目』に基づけば醍醐はバターオイルを指す可能性が高いことが判明した。
そもそも醍醐はインドのギー(無塩バターを加熱して精製するバターオイル)のようなものであると考えている専門家は少なくないとのことで、実験結果は専門からの見解とも一致したわけだ。
最高の乳製品というからとても美味しいチーズのようなものを想像してしまいがちだが、仏教における乳製品の髄の髄とは非常に純度の高いバターオイルだったのである。
また、酥は醍醐を作り出す上での中間生産物であり、チーズに類するものはむしろこちらの酥であることもわかった。
有馬教授によれば、醍醐(バターオイル)はそれ自体を食べてみてもさほど美味しいと感じるものではなかったという。
まあ、油を舐めてもさほど美味しくないのは容易に想像できるが。
ただ、38℃以上になると醍醐は金色に輝くオイルとなり、その形状は乳製品の王と呼ぶに相応しい美しさを備えていたそうだ。
また醍醐は医学書である『本草綱目』に記載されていることから、栄養面において優れているのではないかと考えられ成分を調べたところ、ビタミンに関して優れた結果が確認できたという。
カルピスと醍醐
醍醐味と意外な関係にあるのが、乳酸菌飲料として有名なカルピス(CALPIS)。
濃い原液を水や炭酸水などで薄めて飲むカルピスは、なぜかちょっと贅沢な気分になれる子どものころの憧れの飲み物だった。
そんなカルピスの名前に、じつは醍醐が関係しているのをご存じだろうか。
www.calpis.info
カルピスの「カル」はカルシウムの「カル」。
そして「ピス」だが、これはサルピスの「ピス」。
サルピスって何? となるが、サルピスとは前述の五味のなかの熟酥のサンスクリット語の読み方だ。
なので正確には醍醐と関係があるのではなく、その一歩手前の熟酥と関係があるということになるので、醍醐と関係があるというのは間違い。失礼。
醍醐が語源だと思われていることもあるのではないかと思い、警笛のつもりで書いてしまった。紛らわしいだけかもしれない。
ちなみに醍醐はサンスクリット語でサルピル・マンダといい、ここから「ピル」をいただいてカルピルとしたらどうかという案も出たそうだが、音が悪いということで命名にはいたらなかったという。
確かにカルピルはちょっと言いにくい。
最上の醍醐味でないのは少々もったいない気もするが、カルピスでよかったと思う。
ピースサインがよく似合う平和な名前が、カルピスの雰囲気にとてもよく似合っていると思う。