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【禅語】 泥多ければ仏大なり - 煩悩の裏に隠れているもの -

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【禅語】泥多ければ仏大なり(どろおおければほとけだいなり)

お寺には仏像が祀られている。
ご本尊であったり、それ以外にも多くの仏像が祀られていることが多い。
そのような仏像は、一体どのような材料で造られているかご存じだろうか?


判別のつきやすいものであれば、たとえば石仏
うちのお寺の裏山にはおよそ100体の石仏が祀られているが、どの仏像も見た目どおり、石で造られている。
遠くから見ても、どう見てもはっきりと石である。
これはわかりやすい。


それからたとえば、木目が見えている仏像であれば、木で造られていることが一目瞭然でわかる。
これも判別しやすい仏像といえる。


一方、見た目で判別しにくいものは、絵具で美しく彩色が施されている仏像。
たとえ木で造られていても、彩色があると一目では判別がつかないことも少なくない。


仏像の素材には思いの外いろいろな種類あり、代表的な素材はというと、金属などになる。
それぞれの素材によって、木像、石像、塑像、乾漆像、金銅像というふうに呼び分けられてもいる。


泥でできた仏

上記の素材のなかでいう塑像が、今回の禅語泥多ければ仏大なり」の主役である。
塑像とは土で造られた仏像のことで、この禅語でいうところの「泥」が土にあたる。
土で造られた仏像などというと、いかにも耐久性が低そうであるが、それでも昔はよく塑像が造られたという。
理由は単純。
簡単に調達ができて、しかも造形も容易であるためだ
だから昔は塑像が多かった。


それで、本題の「泥多ければ仏大なり」であるが、つまりこの禅語の言うところはこうである。
仏像を造るための土が多ければ、それに比例して完成した仏像も大きなものになる


……そんなこと、当たり前じゃん!
何を堂々と当たり前のことを言っているんだ!
と、そう思われるかもしれない。
あえて「禅語」だなんて言うほどのことではないと。
文字どおりに受け取れば、たしかにそのままのことしか言ってはいないから、しょうがないと言えばしょうがないのだけれど。


ただもちろん、この禅語に込められた真意は別にある。
じつは「泥」とは煩悩を指しており、
煩悩の多さゆえに苦悩したものほど、煩悩が消えたときには大きな悟りを開くことができる
ということが言いたいのだ。


つまり、仏道を歩むのに志を立てるのに遅いということはなく、どのように生きてきた人であっても、これからの行いによって安らかに生きていくことは可能なのだという意味である。
人間の弱さを優しく包み込み、鼓舞するような慈愛に満ちた禅語だったのだ。
いい言葉だ。

渋柿の甘さ

この禅語について考えるとき、私はいつもある食べ物を想起する。
寒風が吹き始めるころ、家の軒下などに吊るされる濃厚な甘さの食べ物。
干し柿である。


あの甘い干し柿は、特別な甘い柿から作っているのではなくて、どこにでもある渋柿から作られている。
家の庭に生えている柿の木に実ったものを採り、紐を結んで熱湯にくぐらえて軒下などに干す。
すると徐々に渋みが抜けていく。


渋柿を生で口に入れたことがある人なら、だれもが「渋柿」という名前がまさにぴったりであると頷くはず。
口中がごろごろとするあのおそろしいまでに強烈な渋み。
あんなに渋い柿なのに、干すことによって濃厚な甘味を放つようになる
なぜだ……。
あれは何とも不思議な変化だ。


以外にも、あの甘みはどこか余所からやってくるのではないのだという。
じつは最初から渋柿のなかに眠っているのだそうだ。
ただ、渋みがあまりにも全面に出るものだから、影に隠れて気づかれないだけらしい。


つまり、甘味以上に渋味が勝っている状態が渋柿。
その渋味が抜けた状態が干し柿。
甘味は最初から渋柿のなかに存在していたということ。


人もこの渋柿と同じようなものなのかもしれない。
自分のなかに最初から具わっている丸い心に、暗く渋い影がかかることで、心が見えなくなってしまう。
丸い心がないように見えるけれど、心はどこかに行ってしまったのではない。
実際は影に隠れているだけ。
だから影を取り除けば、すぐそこに本来の心がある。


けれども人は、丸い心を探す時、外に探しに行ってしまうことが多い。
どこかに失った丸い心があるのだと思い、探しだそうとする。
外に眼を向ける。
しかし探し物が見つかることはない。
なぜなら丸い心は、最初から最後まで自分自身のなかに具わっているのだから。


渋味多ければ甘味大なり」。
煩悩という名の渋味を抜くために、禅という名の紐で軒先に吊されてみるのも一興。


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