ヨーガとは何か - ヨーガ、瞑想、坐禅、マインドフルネスの違いと共通点 -
世間ではヨーガ(ヨガ)が人気のようである。
最近に限った話ではなく、もう何年も前からそんな傾向にある。
生涯学習センターのようなところではヨガ教室が盛況だし、実際にインド等へ渡ってヨガを習得し教える側となる元生徒の方も少なくない。
ダイエットのようなイメージもあり、健康法のようなイメージもあり、精神統一のようなイメージもヨーガにはある。
そのあたりに人気の秘密があるのだろうか。
結局のところ、ヨガとは何なのか。
知っているようで意外と中身を知らないことの多いヨーガについて、まとめてみたい。
ヨーガの起源
ヨーガの起源は古い。どれくらい古いか言えば、インダス文明の頃には存在していたとする説があるほど古い。
およそ紀元前2500年~紀元前1800年頃の話である。今から4000年以上も前。
想像しようにも、あまりにも長すぎる年月で、なんかピンとこない。
しかしなぜそれほどまでに古い時代にヨーガが存在していたと考えることができるのかと、疑問に思われる方がいらっしゃるかもしれない。
これには一応根拠があって、世界遺産にも登録されているインダス文明の都市遺跡「モヘンジョ・ダロ」から、坐って瞑想をするような神像や、いろいろなポーズをかたどった図象が発見されているのだ。
したがって、現在までに発見された資料から推定できるヨーガの起源は、インダス文明の時代となっている。
ヨーガという言葉の発生
ヨーガの起源がインダス文明にまで遡ると考えることができるとしても、それはあくまでも出土した図象の形による推察である。
実際に「ヨーガ」という文字が登場するのは、紀元前1000~紀元前300年頃に成立した『ウパニシャッド』と呼ばれる哲学書において。
ちなみにこの『ウパニシャッド』はインドの古代言語であるサンスクリット語で記述されているが、サンスクリット語の読みでは「ヨーガ」と発音すると考えられている。
日本ではむしろ「ヨガ」と伸ばさずに発音することのほうが多いが、正確には「ヨーガ」と伸ばす。
ただ、どちらも同じものを指しているので、もちろん本質的な違いはない。
なんとなく、ヨーガというと宗教性が滲み出て、ヨガというとさっぱりした無宗教性に聞こえるような気がするものだから、ヨガといわれているような気もする。
完全な個人的見解だが。
ヨーガの定義
この『ウパニシャッド』にはいくつもの種類があるが、そのなかの一つにヨーガを定義した文章がある。
それによればヨーガとは、
「心の作用のコントロール」
を目的とした修行法となる。
また、ヨーガという言葉自体の原意は「結びつける」という意味である。
何と何を結びつけるのか……。
ここがけっこう重要なところでもある。
ヨーガの目的ともいえる箇所だ。
ヨーガの目的
インドには、人間は輪廻転生を繰り返して生まれ変わりを続ける存在であり、世界は輪廻の舞台であり、この輪廻の世界に生存しているかぎり本当の幸せには至れないという考えがあった。
いわゆる輪廻思想である。
一般的に輪廻とは仏教の思想と思われがちだが、輪廻思想自体は仏教が発生する以前から存在していた。
そして輪廻の世界から抜け出すためには、宇宙の最高原理である「梵(ブラフマン)」と自分自身である「我(アートマン)」とが一体となる宗教体験が必要だと考えられた。
これに至る修行が、ヨーガである。
先ほどヨーガの語源として「結びつける」という意味があると書いたが、この「結びつける」が最終的に目指すものが、「梵」と「我」の合一である。
ただ現在の日本でそのようにヨーガを説明すると宗教性が表立ってしまうため、あまり大声では謳われない。
むしろそのような宗教性を排除したヨーガのほうが、日本では求められているのだろう。
が、あくまでもヨーガという思想の最終目的は輪廻からの解脱にあるという点は、理解しておいたほうがいいように思う。
ヨーガの修行・実践
輪廻からの解脱を目指すヨーガには、以下の8つの段階がある。
- ヤマ(禁戒)
- ニヤマ(勧戒)
- アーサナ(座法・体位)
- プラーナーヤーマ(呼吸法)
- プラティヤーハーラ(制感)
- ダーラナー(集中)
- ディヤーナ(瞑想)
- サマーディ(三昧・禅定)
①のヤマは禁戒と訳されるが、これはたとえば「暴力をふるわない」「嘘をつかない」といった内容であり、②のニヤマの観戒とは「清潔を保つ」「祈る」といったことである。
この二つはヨーガの心構えとでもいうべき項目となっている。
③のアーサナは座法と訳されるが、これがいわゆるヨーガのポーズである。
④のプラーナーヤーマは呼吸法。
この2つを特に強調したものが、今日盛況を見せているヨガであるといえる。
もちろん最終的な目標は、座法と呼吸法を通じての心のコントロールである点は変わらないのだが。
⑤~⑧は、いずれも心を主体とした項目であり、平たく言えば瞑想の程度の違いとなる。
感覚が研ぎすまされて集中し、瞑想が徐々に深まる課程を段階的に示したものと考えればいい。
最終的な段階は⑧のサマーディであり、これは三昧(ざんまい)や禅定(ぜんじょう)と訳される。
三昧はサマーディというサンスクリット語の発音を漢字に当てはめた音訳であるため、漢字自体に意味はない。
禅定とはサマーディの意訳であり、これがヨーガの最終目的でもあり、精神が究極的に統一された状態を指している。
そこは心がまったくの静寂に包まれ、雑念が完全に除去され、「梵」と「我」が一つにつながった理想の境地とされている。
つまり、これがヨーガの考える解脱というわけである。
ヨーガの広まり
ヨーガの広まりは1600年頃に起きる。
この頃「ハタ・ヨーガ」と呼ばれるヨーガが体系化され、これを機に世界にヨーガが広まり始めたのだ。
そして1970年代に第一次ヨーガブームが到来し、主にアメリカのヒッピーを中心に流行をみせた。
1990年代には第二次ヨーガブームが起こり、ハリウッドセレブを中心に世界規模でのブームとなった。
日本でもヨーガは徐々に広がりをみせるが、1995年のオウム地下鉄サリン事件によって宗教に対する警戒心が高まり、ヨーガ人口が激減した。
しかし、2000年に入り海外でのヨーガの盛況ぶりが日本でも受け入れられるようになり、再びヨーガは広まりをみせはじめる。
ただし、宗教色を前面に出すことはできないため、流行するヨーガは主に座法と呼吸法が特化された、エクササイズ的な要素の強いものとならざるをえなかった。
現在、日本でのヨーガ人口は100万人を超えるといわれ、ヨガ教室はどこにでも存在するまでに普及した。
結論 ヨーガとは何か
以上の点からヨーガを特徴付けると、以下のように考えることができる。
ヨーガとは、
- インダス文明の頃から存在する、心の作用のコントロール法
- その目的は、8つの修行段階を経て、究極的な瞑想の末にある「梵」と「我」との合一
- 現代日本に存在するヨーガは、宗教的要素を排除、ないし極小化したものが多い
- 座法と呼吸法によって深い瞑想に至るメソッド
※つづきの記事【瞑想篇】はこちら⇩
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