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曹洞宗の葬儀の流れ ~わからない葬儀を、わかる葬儀へ~



葬儀は、何をやっているのかがわかりにくい。
もしくは端的に、わからない。
もうちょっとどうにかならないものか。


そのような要望にお応えするために、曹洞宗の葬儀の流れと、それぞれの儀式の意味についてご説明したいと思います。


曹洞宗の葬儀の流れ


曹洞宗の葬儀は、以下の儀式を連続して行うことで成り立っています。


一口に葬儀と言っても、そこで行われている儀式はいくつもの細かな儀式にわかれており、当然のことながらそれぞれの儀式の意味は異なっています。
それらの儀式の意味を知ることで、曹洞宗の葬儀というものが何を目的としているのかが随分と明瞭になります。
なのでまずは、実際の葬儀の流れをみていきましょう。


なお、葬儀は地域によって形態にかなりの違いがあり、ここでご紹介する葬儀の流れが絶対的に正しいというわけではありません。
ただ、次の流れが比較的曹洞宗のスタンダードなものではあるので、これを一例としたいと思います。

 曹洞宗の葬儀は、いくつもの儀式が合わさって1つの大きな葬儀式になっている

項目でみる葬儀の流れ


① 導師入場(葬儀開式)
 ↓ 僧侶が葬儀式場に入場する
 ↓
② 剃髪(ていはつ)
 ↓ 故人を仏弟子にするために髪を剃る
 ↓
③ 懺悔(さんげ)
 ↓ これまでの行いを振り返り懺悔する
 ↓
④ 洒水(しゃすい)
 ↓ 水で故人を浄める儀式
 ↓
⑤ 授戒(じゅかい)
 ↓ 故人に戒を授けて仏弟子とする
 ↓
⑥ 血脈(けちみゃく)
 ↓ 仏弟子となった証しに血脈を授ける
 ↓
⑦ 読経(どきょう)
 ↓ お経を唱えて故人を供養する
 ↓
⑧ 鼓鈸(くはつ)
 ↓ 故人を送り出す際の音楽供養
 ↓
⑨ 野辺送り(のべおくり)
 ↓ 葬列を組んで故人を火葬の地へ送る
 ↓
⑩ 弔辞・弔電(ちょうじ・ちょうでん)
 ↓ 弔辞・弔電の奉読
 ↓
⑪ 引導(いんどう)
 ↓ 故人を仏の世界へと導く言葉
 ↓
⑫ 読経(どきょう)
 ↓ お経を唱えて故人を供養する
 ↓
⑬ 焼香(しょうこう)
 ↓ 焼香によって故人に香の供養を施す
 ↓
⑭ 導師退場(葬儀閉式)
 ↓ 僧侶が葬儀式場を退場する
 ↓
⑮ 出棺(しゅっかん)


以上が、曹洞宗の葬儀のおおまかな流れです。
ただ、これだけでは流れを理解することはできても、それぞれの儀式の意味がわからないままなので、次にそれぞれの儀式の意味について簡単に説明をしていきたいと思います。

曹洞宗の葬儀の「前半」と「後半」


それぞれの儀式の説明をする前に、大まかな理解として、曹洞宗の葬儀は前半と後半の2つに区切って考えることができることを最初にお伝えしておきたいと思います。
これを頭に入れておくと、後の流れがスムーズに理解できるようになりますので。

葬儀の前半


前半とは、
「① 導師入場」から「⑥ 血脈」
までを指しており、この前半は故人を仏弟子にすることを目的とした儀式の集まりとなっています。


「② 剃髪」「③ 懺悔」「④ 洒水」は、内容こそ異なるものの、どれも故人を仏弟子にするための準備の儀式に相当します。
髪を剃ることで姿の準備をし(剃髪)、懺悔することで心を浄らかにし(懺悔)、水をそそいで身を浄める(洒水)。


そうして準備が整ったところで「⑤ 授戒」の儀式を行い、故人に戒を授けて仏弟子になっていただきます。
前半の一番の目的はこの「授戒」にあり、故人を仏弟子とするための儀式であることを知っていただきたいと思います。


これは実際に人が出家する際に行われる儀式とほとんど同じであり、私も僧侶となる際に師匠から同じような儀式を受けて僧侶となりました。


ただし、葬儀のなかでこのような意味の儀式が行われているという事実は一般にはあまり知られておらず、「故人を仏弟子にする」ということを言うと、
「えっ! おじいちゃんお坊さんになっちゃったの!?」
と驚かれる方もいます。


たしかに、おじいちゃんは葬儀のなかでお坊さん(仏弟子)になり、そして仏の世界へと旅立っていくことになるのですが、一言添えるとすれば、ここで言う仏弟子とは「執着や苦悩から解き放たれた存在」とでも呼ぶべきもので、苦楽の人生を終えて安らぎの世界の住人(仏弟子)となったことを意味しています。


なので、単にお坊さんになるというよりも、「苦悩から解き放たれた状態=仏弟子=お坊さん」にするというニュアンスであることを知っておいていただければ幸いです。
「お坊さんになる」だけで終わると、間違いではないのですが、違和感が生じかねませんので。


また、「⑥ 血脈」というのは、仏弟子となった者へ授与される仏弟子の証しで、これを授与するところまでが葬儀の前半となります。

 曹洞宗の葬儀の前半は、故人を仏弟子にするための儀式

葬儀の後半


次に後半ですが、
「⑦ 読経」から「⑭ 導師退場」
までが後半となります。


先のフローチャートの最後は「⑮ 出棺」となっていますが、厳密に言えば出棺は葬儀の後に行われるものであり、便宜上流れの最後に記載しただけで、葬儀自体は「⑭ 導師退場」で終わるものと考えたほうが適切と言えます。


それで、後半はどのような儀式を行っているのかですが、結論から言えば、これは仏弟子となった故人を仏の世界へと送る儀式になります。


「⑦ 読経」でお経を唱え故人が仏の世界へと向かう旅路が無事であることを祈り、「⑧ 鼓鈸」で太鼓などを鳴らしてその旅路を荘厳し、「⑨ 野辺送り」で故人を火葬の地へと送る。


現在では、故人は霊柩車で火葬場へ送られ荼毘に付される場合がほとんであり、葬列を組んで棺を担いで移動することはほぼありませんが、昔の儀式に準じて太鼓などを鳴らしながら野辺の送りが儀礼として行われます。


葬儀後半の主題となる引導は、火葬の地へと移動した後で行われていたので、現代でも引導の前に「象徴としての野辺送り」を行い、その後に「⑩ 弔辞・弔電」が奉読され、「⑪ 引導」となります。


引導の後には「⑫ 読経」で、もう一度お経が唱えられ、その最中に「⑬ 焼香」がなされます。
そして参列者全員の焼香が終わり、読経が終わると「⑭ 導師退場」となって僧侶らは退場します。
これで葬儀終了となります。


一般会葬者の焼香は、厳密に言えば葬儀ではなく告別式に相当しますが、実際には区別することが難しいので葬儀後半に分類します。

 曹洞宗の葬儀の後半は、故人を仏の世界へと送り出す儀式

儀式の意味

それでは、1つひとつの儀式について簡単に解説していきたいと思います。

① 導師入場


葬儀は導師の入場によってはじまります。
引磬(いんきん)という携帯式のリンのようなものを鳴らしながら入場することもあります。


曹洞宗の葬儀は、主として葬儀を勤める導師のほかに数名の役僧(やくそう)を伴って行われることが多いですが、これも地域によってだいぶ差があります
また時代によっても差があり、昔は導師1名と役僧6名で行われる形態が多かったところも、時代の変遷とともに導師1人で行うようになっている地域もみられます。


ともあれ、導師と役僧が入場し、故人に向かって合掌礼拝をし、着席をするところから葬儀ははじまります。

 葬儀の形態は同じ宗派内であっても地域や時代によって大きくことなる

② 剃髪


故人の髪の毛を剃る儀式です。
あくまでも儀式であって、通常では実際に故人の髪を剃ることはありませんが、稀に実際に剃ることもあると聞きます。


剃髪の目的は、執着の象徴と考えられている髪を剃り落とすことで、故人の姿を仏弟子の姿にし、清浄な姿にすること
導師は手に剃刀(かみそり)を持ち、故人の髪の毛を剃る作法を行い、剃髪の儀式を行います。


剃髪の作法をしている最中には「剃髪の偈」という偈文(げもん)が唱えられますが、偈文の原文と意味は次のようになっています。

剃髪の偈


【原文】
剃除鬚髪(ていじょしゅほつ)
当願衆生(とうがんしゅじょう)
永離煩悩(ようりぼんのう)
究竟寂滅(くぎょうじゃくめつ)


【現代語訳】
髪とひげを剃り落とす時
故人のために願う
煩悩の苦しみから永遠に離れ
いつまでも安らかであることを


 髪を剃るのは執着から離れるため

③ 懺悔


これまでの自分の生き方を省みて、自分の行いを見つめ直す儀式です。
反省をすることで心を清浄にし、仏弟子となるための準備をします。


故人は言葉を発することができないので、導師と役僧が故人と一緒になって「懺悔文(さんげもん)」という偈文を唱え、故人を浄らかな存在にします。


ちなみに仏教では「懺悔」という言葉を「さんげ」と濁らずに読みます
「ざんげ」と濁らせるのは、キリスト教における読み方ですので、ご注意を。

懺悔文


【原文】
我昔所造諸悪業(がしゃくしょぞうしょあくごう)
皆由無始貪瞋痴(かいゆうむしとんじんち)
従身口意之所生(じゅうしんくいししょしょう)
一切我今皆懺悔(いっさいがこんかいさんげ)


【現代語訳】
これまで生きてきた中でおかした罪悪は
心に潜む欲と怒りと愚かさが原因となり
行いと言葉と意識によって生じさせたものである
今、その一切の悪業を反省しここに懺悔する


④ 洒水


木の枝や葉を用いて、コップなどに用意された水を故人にそそぎ(ぴっぴっ、と水滴を飛ばすような感じ)、身を浄める儀式
洒水で使われる水は法性水(ほっしょうすい)と呼ばれ、そそがれた者は仏法の智慧に目覚めるとも言われています。

⑤ 授戒


剃髪と懺悔と洒水の儀式によって、故人の身と心は浄らかなものになりました。
そこで次に、前半のメインとなる授戒の儀式が行われます。
故人に戒を授けて、仏弟子とするのです


戒というと、社会における法律のような、いわゆる罰則規定のようなものと理解されがちですが、それは仏教では「律(りつ)」と呼ばれるものに当たり、戒はまた少し違う性格のものです。


ややこしい話ではありますが、「律」というのが「~してはいけない」という性格のものであるとするならば、「戒」は「~しない」とでもいうべきもので、他から規制されるものではなく、自分で自分を正していくための指針のような位置付けとなっています。

シーラの意味


戒とはインドの古代言語であるサンスクリット語の「シーラ」という言葉を意訳したものですが、この「シーラ」という言葉の本来の意味は、「善いことをしていると、やがてそれが習慣となって、意識せずとも善い行いをするようになり、そのような性格の人物となる」というものです。


つまり、戒を授けるのは善い人物となってほしいからであって、罰則規定として授けているのではないのです。
このことを知っておくと、なぜわざわざ故人に戒を授けるのか、なぜ仏弟子とするのかが、おぼろげながらも見えてくるのではないでしょうか。


故人に授けられる戒は全部で16条あるため、一般に「十六条戒」と総称されています。
三帰戒(さんきかい)が3条、三聚浄戒(さんじゅじょうかい)が3条、十重禁戒(じゅうじゅうきんかい)が10条で、合わせて16条の戒となります。


それぞれの戒の内容についても、一応みておきましょう。

三帰戒


【原文】
南無帰依仏(なむきえぶつ)
南無帰依法(なむきえほう)
南無帰依僧(なむきえそう)


【現代語訳】
お釈迦さまを心の依りどころとする
真実について語られた教えを心の依りどころとする
教えを実践する仲間を心の依りどころとする

三聚浄戒


【原文】
摂律儀戒(しょうりつぎかい)
摂善法戒(しょうぜんぼうかい)
摂衆生戒(しょうしゅじょうかい)


【現代語訳】
一切の悪事を行わない
すすんで善行に務める
他者のために行動する

十重禁戒


【原文】
不殺生戒(ふせっしょうかい)
不偸盗戒(ふちゅうとうかい)
不貪淫戒(ふとんいんかい)
不妄語戒(ふもうごかい)
不酤酒戒(ふこしゅかい)
不説過戒(ふせっかかい)
不自讃毀他戒(ふじさんきたかい)
不慳法財戒(ふけんほうざいかい)
不瞋恚戒(ふしんにかい)
不謗三宝戒(ふぼうさんぼうかい)


【現代語訳】
いたずらに生き物を殺さない
人のものを盗まない
淫欲をむさぼらない
だましたり嘘をついたりしない
酒に溺れない
人の過ちを責め立てない
慢心をもったり人をけなしたりしない
人のためになるものを施すことを惜しまない
怒りで我を失ったりしない
仏、教え、僧(仲間)の三宝を謗らない

 故人は16条の戒を授かる

⑥ 血脈


16条の戒を故人に授ける授戒を終えたことで、故人は仏弟子となります。
そして次に、仏弟子となった者に対して、その証しである血脈を授与する儀式へと移ります。
これが前半最後の儀式、血脈の授与です。


血脈とは、お釈迦さまから始まり、インド・中国・日本と、その教えを受け継いできた歴代の僧侶の名前が列記された、系譜のようなもの。仏教の家系図と呼ばれることもあります。


血脈の最後には故人の名前が綴られており、その一つ前には故人の師となる人物(多くの場合、葬儀で導師を勤めている僧侶)の名前が綴られています。
導師から故人へ。葬儀のなかで仏法が伝えられ、新たな系譜が築かれたことを意味するのが、この血脈の儀式になります。


以上で前半は終了です。


⑦ 読経(どきょう)


葬儀前半で故人は仏弟子となり、執着や罪から解き放たれ、身と心は浄らかなものとなりました。
これより後半では、故人を仏の世界へと送る儀式が行われていきます。

入棺諷経


まず「入棺諷経(にゅうかんふぎん)」という儀式が行われます。
これは文字どおり、故人を棺に納める儀式を意味しますが、現在では最初から故人は棺のなかにいます。
名称だけ昔のままに行っているということです。


入棺諷経では『大悲心陀羅尼(だいひしんだらに)』というお経が唱えられ、続いて回向が読み上げられます。
回向とは、お経を唱えた功徳を故人に届ける祈りの言葉のことです。


【入棺諷経回向の現代語訳】
今、皆で『大悲心陀羅尼』を唱えた功徳を、旅立ってゆくあなたに捧げます。
あなたの赴かれる所が、麗しく浄らかであることを願うばかりです。

棺前念誦


続いて、「棺前念誦(かんぜんねんじゅ)」の儀式がおこなわれます。
故人を納めた棺を前にして、次のような意味の祈りの言葉を述べます。


【奉読文の現代語訳】
人の人生は、寒い冬がいつの間にか暖かくなるような四季の移ろいに似ています。
この世に生を受けたといっても、それは雨雲から地上へと走る稲妻のように一瞬のことで、それが過ぎれば、波立つことのない大海原のような穏やかな世界が広がるばかりです。
今日、この日、かけがえのない生命の縁が尽きて、あなたはこの世を旅立ちます。
この世界のあらゆる存在は移り変わりゆき、それが存在の真理であることをあなたは知りました。
そして生への執着から離れたことで、あらゆる煩悩から離れた真の安らぎに目覚められました。
ここに集った僧侶とともに、仏様の名前をお唱えし、あなたの旅路が安穏なものであることを祈ります。


奉読が終ると、「十仏名(じゅうぶつみょう)」「舎利礼文(しゃりらいもん)」という2つのお経が唱えられます。
唱え終わると、次に回向が述べられます。


【棺前念誦回向の現代語訳】
今、皆で念じ唱えたお経の功徳は、旅立つあなたへのはなむけです。
蓮が泥水のなかから生じてまことに美しい花を開くように、あなたはこの世の執着から離れて浄らかな仏となるでしょう。
あなたの歩む道は今、仏の世界に向けて開かれました。

挙棺念誦


読経が続き、「挙棺念誦(こがんねんじゅ)」という儀式に移ります。
棺を持ち上げ、火葬の地へと向かう際の儀式になります。


最初に、次のような意味の奉読文が読まれます。


【奉読文の現代語訳】
これより、あなたの身体を納めた棺を持ち上げ、火葬の地へと赴きます。
あなたと別れなければならない事実はひどく辛く悲しいものです。
せめてあなたの歩む道が無事なものであるようにと、切に願うばかりです。


その後、再び『大悲心陀羅尼』が読経され、鼓鈸が鳴らされながら火葬の地へと向かいます。
この火葬の地へと向かう行程が、野辺の送りと呼ばれる儀式になります。

⑧ 鼓鈸(くはつ)


挙棺念誦のなかで『大悲心陀羅尼』の読経が終わると、僧侶らはそれぞれ引磬(いんきん)、鼓(く)、鐃鈸(にょうはち)という、音を鳴らす仏具を手に取り、順番に鳴らしていきます
これが鼓鈸とよばれる儀式です。


それぞれの仏具を鳴らした時の音をもじって、俗に「チン・ポン・ジャラン」と呼ばれることもあるこの鼓鈸の儀式は、曹洞宗の葬儀の特徴であるとも言えます。


鼓鈸は音楽供養とも呼ばれており、故人を華やかに、また厳かに送り出すための儀式です。
「送り出す」とは、仏の世界へと送り出すという意味でもあり、現実に火葬の地へと送り出すという意味でもあります

⑨ 野辺送り(のべおくり)


鼓鈸を鳴らして野辺(火葬の地)へと向かうその道中を、野辺送りといいます
この儀式は、霊柩車と火葬場が普及した現在ではほぼ目にすることはありません。


唯一、霊柩車に棺をのせるまでの短い間に、葬列を組んで野辺送りの形態がとられることがありますが、それくらいです。


なので、現在では野辺送りはほぼ存在しませんが、葬儀の流れ上、野辺送りをして火葬の地に到着してからでしか引導(火葬)は行えなかったので、今でも葬儀の中で鼓鈸を鳴らすという「象徴としての野辺送り」が行われているのです。


『大宝楼閣善住秘密根本陀羅尼(だいほうろうかくぜんじゅうひみつこんぽんだらに)』という長い名前のお経を唱えている間が、野辺送りをしている最中になります。

⑩ 弔辞・弔電(ちょうじ・ちょうでん)


弔辞・弔電は、故人と親しい間柄にあった人が、故人に送る最後の言葉です。
これは正確には仏事としての儀式ではありませんが、現状の葬儀を考えれば項目の一つとして挙げられるものですので項目としました。


象徴としての野辺送りの儀式が終わり、火葬の地へと到着したことを告げる鼓鈸が順番に鳴らされると、この弔辞・弔電へと移ります。
※地域によっては引導の後に弔辞・弔電を行う場合もあります。


⑪ 引導(いんどう)


引導とは、故人を仏の世界へと導く言葉であり、導師によって述べられます。
偈(漢詩)でもって述べられる場合が多く、一度聴いただけでその意味を理解することは難しいと言わざるをえません。


そのため、引導の言葉を現代文に直して読み上げるような配慮がなされることもあるのですが、これにも賛否両論があり、どちらがいいとは一概には言えません。


引導は故人を仏の世界へと導く儀式ですが、もう一つ重要な側面があります。
それは、火葬の点火の儀式でもあるという点。


昔は、引導を述べた後に導師が棺に松明(たいまつ)を放ち、点火を行ってきました。
先ほど、火葬の地である野辺に到着した後でなければ引導は行えないと書きましたが、それはつまり引導と点火は同時に行われるので、火葬する状況が整ってからでなければ引導をはじめることはできないという意味です。

 引導は故人を仏の世界に導く言葉であると同時に、点火の儀式でもある

⑫ 読経


引導が終わると、再び読経を行います。
これを「山頭念誦(さんとうねんじゅ)」と言います。

山頭念誦


山頭念誦では、まず次のような意味の奉読文が読み上げられます。


【奉読文の現代語訳】
今、生命の縁が尽きたあなたを、古来の儀式に則って厳粛に火葬いたします。
この世を過ごした身体から離れ、どうぞ迷うことなく仏の世界へとお進みください。
ここに集った僧侶とともに、あなたの旅路が安らかなものであることを祈ります。


続いて「十仏名(じゅうぶつみょう)」というお経を唱え、山頭念誦の回向を唱えます。


【山頭念誦回向の現代語訳】
願わくは、仏の智慧の輝きに彩られ、あなたの赴く世界に安らぎの花が咲きますように。
広大な海に漂う穏やかな波のように、あなたの赴く世界が安穏なものでありますように。
ここに香り高いお茶をお供えし、香を焚き、仏様の名前をお唱えしつつ、あなたをお送りいたします。

⑬ 焼香


山頭念誦が終わると、再びお経が唱えられます。
ここで唱えられるお経は寺院によって異なっていますが、この読経中に遺族・参列者の方々の焼香が行われます
参列者の人数が大勢の場合は、もう少し早い段階(山頭念誦を唱えはじめたころ)で焼香を開始することもあります。


焼香は仏教における最大の供養です。
そして同時に、故人を送る方々一人ひとりが故人へ祈りを捧げる瞬間でもあります
指に一つまみした香に祈りを込め、そっと焚いて、故人への供養としていただければ幸いです。


なお、曹洞宗の焼香の回数は1回で大丈夫です
ネットなどではよく2回と書かれていますが、それは導師の作法であり、一般会葬者は1回で問題ありません。
これについては、下の記事に詳しく書かれています。

全員の焼香が終ると読経が終わり、回向が読み上げられます。


【焼香後回向の現代語訳】
今お唱えしたお経の功徳を仏の世界へと向かうあなたに捧げます。
葬送・告別の葬儀式を勤めるにあたり、あなたのご冥福を祈り、歩まれた道の先に浄らかな世界が広がっていることを願い、お祈り申し上げます。

⑭ 導師退場

以上で葬儀の儀式はすべて終了となり、導師らが退場します。


状況によって三日経や初七日といった法要儀式が引き続き行われる場合もありますが、葬儀自体はここで一区切りとなります
この後の法要は葬儀ではなく、中陰供養や追善供養と呼ばれる法要になります。


導師らが退場した後は、遺族や参列者によって故人の棺に花などが納められ、その後に蓋が閉められます。
そして出棺となります。

要点のまとめ


曹洞宗の葬儀の流れを駆け足で説明しましたが、いかがでしょうか。
文字だけですので、やはり実感が湧かなかったり、わかりにくい部分が多いかと思います。


おさらいしておきたい重要なポイントは下の3つです。

・曹洞宗の葬儀の前半は、故人に戒を授ける「授戒」がメイン
・後半のメインは、故人を仏の世界へと導く点火の儀式「引導
・「授戒」と「引導」の2つの儀式を中心に、読経した功徳を故人に捧げ、安穏を祈る儀式が、曹洞宗の葬儀


以上です。
葬儀の意味を知って、葬儀をもっと身近に感じていただけたら幸いです。