坐禅の時間「1炷」の不思議と、坐禅に最適な線香
家の単位は「軒」。
靴の単位は「足」。
たんすの単位は「棹」。
手紙の単位は「通」。
なんとまぁ多種多様な数え方があって日本語はややこしいと思うが、単位のなかには超がつくほどマニアックなものもある。
たとえば、坐禅の単位は「炷(ちゅう)」という。
1炷とは、線香1本が燃え尽きる時間のこと。
1回の坐禅では1炷坐ることになっており、線香が1本燃え尽きるまでが坐禅1回の時間ということになっている。
だから坐禅の単位は「炷」。
一定の速度で燃焼していく線香は、時計の役割も果たしていたのである。
1炷を現代の時間に換算すると、だいたい45分前後になるといわれている。
実際、永平寺での坐禅1炷の時間は、およそそのくらい。
ただし現在の永平寺では、実際には線香1本燃え尽きるまで坐禅はしていない。
坐禅の始めに線香を1本立てるのだが、燃え尽きたかどうかではなく、時計の針をみて坐禅終了の鐘は鳴らされている。
つまり、1炷は45分程度という認識のもと、現実には時計の「分」を基準にして坐禅をしているのである。
なぜこのようなことになっているのかというと、「線香1本が燃え尽きる時間」では、線香の長さや種類によって燃焼時間が異なってくるため。
長い線香と短い線香では、当然ながら燃え尽きるまでの時間が異なる。
時間に縛られる必要がまったくないのであれば、本当に線香が燃え尽きるまで坐ればいいかもしれないが、時計に従って生活をする上ではそうも言っていられない。
それに永平寺はかなり時間に細かい。
だから現実には線香1本燃え尽きる時間だけ坐禅をするのではなく、約45分程度坐禅をするというふうに決めてしまったほうが何かと都合がいいのだ。
1炷の復活
しかし、である。
せっかく「1炷」という単位が存在し、かつ、それが「線香1本が燃え尽きる時間」というなんとも風流な単位であるならば、どうせなら本当に線香1本が燃え尽きるだけ坐禅をしてみたい。
と、そんなことを思う人は少なからず存在するはず。
ただし1炷が2時間とかになってしまっては足が痺れすぎて大変なので、現実的な問題として、時間はこれまでどおり45分前後がいいと思われる。
つまり、ちょうど45分くらいで燃え尽きる線香があれば最適ということになる。
そこで、いろいろな線香の燃え尽きるまでの時間を調べ、45分程度で燃え尽きる線香を突き止めたい。
1炷にふさわしい線香を見つけたい。
厳密にいえば、これでは「線香1本が燃え尽きる時間が1炷」なのではなく、最初から1炷は45分であると仮定され、45分で燃え尽きる線香を特定するにすぎない。
がしかし、これが判明すれば1炷にふさわしい線香を使用することができ、名実ともに「坐禅1炷」を実現させることが可能となる。
よし……調べてみるだけの価値はある。
さっそく実験だっ!
用意した線香
一口に線香といっても、その種類は膨大なもの。
そこで、うちの寺院にある線香のなかから比較に適していそうな形状の線香を5つピックアップし、線香界の仮代表として燃焼時間を調べてみたい。
選択したのは、次の5種。
① 毎日香
製造:日本香堂
長さ:14cm
太さ:2mm
「日本のお線香を代表するNO.1ブランド」との呼び声高い、毎日香。
もっとも世に知られている「THE線香」といえば、毎日香で間違いなし。
文句なしのエントリー。
② 零陵香
製造:薫明堂
長さ:24cm
太さ:2mm
寺院同士の贈り物などでよく見かける、個人的にはとても馴染みの深い線香。
毎日香と同じ太さであるが、長さはこちらのほうが10cmほど長い。
③ 尚美香
製造:薫寿堂
長さ:21cm
太さ:2mm
零陵香とほぼ同様の形状であることから、類似品を比較する上で好都合と判断。
寺院で使う線香のなかでは比較的小さめで、日常用というような位置付けになっている。
④ 大薫香
製造:松榮堂
長さ:33cm
太さ:3mm
一般的な線香よりも長く、太さも3mmと太い。
寺院の行事で使われることの多い線香で、太さの違いで燃え尽きるまでの時間が変わるかを調べるためにエントリー。
⑤ 大天香
製造:松榮堂
長さ:62cm
太さ:4mm
寺院専用の線香のなかでも、特別な大行事の際に使われる線香。
とにかく長く、はじめてこの線香を見た時は「これ、線香なの?」と我が目を疑った。
丸ではなく四角い形状をしており、太さは4mmと最も太い。
実験手順
- 5つの線香を毎日香の長さ(約14cm)に切り揃える。
- 先端から10cmの位置に白い印をつける。
- 香炉に5つの線香を立て、同時に火を付ける。
- 白い印に到達するまで(10cm)の燃焼時間を計測する。
- それぞれの線香の燃える速度を計算し、45分で燃え尽きる線香の種類、または長さを割り出す。
右から
① 毎日香
② 零陵香
③ 尚美香
④ 大薫香
⑤ 大天香
実験開始
それぞれの線香に火を点け、各者一斉にくゆらせながら実験スタート。
各々の香りが混ざり合いながら、仕事部屋に煙りが充満していく。
ゴホゴホッ。
換気が必要だ。
10分経過
実験開始から10経ったので途中経過を観察してみよう。
おお、やはりというべきか、太さ2mmの細いタイプの線香(右3種)のほうが明らかに燃える速度が速い。
強いて言えば、右端の①毎日香が若干遅いか。
線香に用いている材料の違いまではわからないので、そのあたりで速度に違いがあるのかもしれない。
先頭争いをしている②零陵香と③尚美香は、ほとんど同じくらいの速度のようだ。
左の2種、④大薫香と⑤大天香は、3mmと4mmで太さが異なるが、燃焼速度にそれほど違いがあるようには見えない。
5mmの線香があれば隣で試したいところだ。
20分経過
さて、20分経ったので確認を……。
だいぶ白い印に近づいてきた。
先頭争いは変わらず②零陵香と③尚美香。
目視では差が生じてきているようには見えない。
デッドヒートの様相を呈してきている……!
①毎日香はやや遅れて、このままいけば3番手になるのはほぼ確実。
先頭とのタイム差が気になるところ。
④大薫香と⑤大天香は、少し差が確認できるほどになってきた。
太さ3mmの④大薫香のほうが4mmの⑤大天香より若干速い。
順番としては3、4、5着は確定とみてほぼ間違いないだろうが、先頭争いだけはかなり際どい戦いになりそう。
ゴール直前
うおおおぉぉぉっ!
なんという熾烈な先頭争いだ!
両者一歩も譲らず、このままゴールまでもつれ込んでしまうのか……!?
この感じでいくと、最後はビデオ判定になりそうだが、最初から映像で追っているだけに如何ともしがたい。
どうしよう。
判定できるか心配だ。
もう間もなく白い印に到達するが、リアルに目が離せんっ!!
ついに決着
ゴ~~~~~ル
……。
えっ、ビデオ判定的には、どうなの?
……。
同着?
で、いいよね?
目をギンギンに見開いて見てたけど、差と呼べるようなものはなかった。
ということで、1着は②零陵香と③尚美香の両者に。
タイムは25分。
25分で10cmということなので、1分間に燃える長さは約0.4cm。
一番速い線香でも、25分で10cmか。
もう少し速く燃えると思っていたが、まあこんなもんか。
①毎日香はどうだろう。
3着
①毎日香がゴールイン。
順位は3着で、タイムは28分。
トップから3分遅れでのゴールである。
28分で10cmなので、1分間に燃える長さは約0.36cm。
ほうほう。同じ太さだけど、ちょっとだけ遅いのか。
4着
続いて4着で④大薫香がゴールイン。
タイムは40分。
1分間に燃える長さは約0.25cmと判明。
前3本に比べると、④大薫香は明らかに遅かった。
やはり太いと燃焼スピードが落ちるのか。
まったく同じ材質の線香で、太さだけが異なる線香で調べたいところだ。
5着
最後に⑤大天香がゴールイン。
タイムは45分。
1分間に燃える長さは0.22cm。
太いと燃えにくいということなのか、それとも材料の違いなのか。
この実験では結局そこのところがわからないままだが、②零陵香や③尚美香のおよそ半分のスピードで燃焼していくことはわかった。
結果発表
それでは実験結果をもとに、それぞれの線香の燃焼スピードを割り出し、線香が燃え尽きるまでの時間、つまりはそれぞれの1炷を計算してみたい。
ちなみに、線香は下数センチを灰のなかに差し込むことになるので、その分を差し引いた長さで計算するものとする。
なお、灰に差し込む長さは、線香自体の長さと重さに応じて長くしていく必要があるため、それぞれ異なっている。
①毎日香
14cm-2cm=12cm
12÷0.36=33
毎日香の1炷=33分
②零陵香
24cm-4cm=20cm
2÷0.4=55
零陵香の1炷=50分
③尚美香
21cm-3cm=18cm
18÷0.4=45
尚美香の1炷=45分
④大薫香
33cm-5cm=28cm
28÷0.25=112
大薫香の1炷=112分(1時間52分)
⑤大天香
62cm-7cm=55cm
55÷0.22=250
大天香の1炷=250分(4時間10分)
坐禅に最適な線香
以上の結果と、1炷が45分程度であることが望ましいことを考慮した場合、坐禅1炷に用いるのに最適な線香は尚美香ということが判明。
尚美香であれば、実際に線香1本が燃え尽きれば約45分坐禅をしたということがわかる。
下の画像のように、坐禅をする前に尚美香を1本香炉に立てて畳の上に置いておけば、時計を見なくても割と正確に45分坐ることが可能というわけだ。
また、零陵香も燃え尽きるまで50分なので、これでもほぼ問題はない。
あくまでも45分にこだわるというのなら、灰の中に6cm差し込み、燃える範囲を18cmにすれば尚美香と同様45分にすることが可能。
また、毎日香の1炷は33分であり、これはビギナーにとってはちょうどいい時間と言えるかもしれない。
本当に坐禅をはじめたばかりの頃は30分が長く感じられるかもしれないが、短すぎると瞑想状態に入ることが難しくもなる。
坐禅に集中した状態に入るにはだいたい15分程度かかるという脳波の実験結果があるので、それを考えると30分というのはちょうどいいくらいなのではないか。
ちなみに大天香は10cm燃えるのに45分かかるという驚異の結果を残し、1炷は4時間を超えることがわかった。
さすがは大天香。
4時間もあれば、さすがにどれだけ長い法要でもカバーできること間違いなしだ。
まとめ
坐禅の際に使用する線香でもっとも1炷(45分)に適しているのは、尚美香。
零陵香も適しており、どちらも灰の上に線香が18cm出ている状態にすれば、燃え尽きるまでの時間が45分になる。
もし1炷を再現したいと考えるなら、これらの線香を使用すればOK。
それでは、快適な坐禅をっ!
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