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【お経の種類】曹洞宗でよく読まれるお経・経典一覧

お経の種類

【お経の種類】曹洞宗でよく読まれるお経・経典一覧

法事などの際に僧侶が読むお経
じつはこのお経というものは、正確に数を数えることができないほど膨大な種類が存在している。


そのことに関連して、たとえば仏教には「八万四千の法門」という言葉がある。
八万四千という数に厳密な意味はなくて、これは単純に「とても多い」というほどの意味。
また、法門とは仏法・仏教の入口を意味し、転じてその入口に人々を導くための教えを意味している。


つまり「八万四千の法門」という言葉は、この世界には多種多様な気質・性格の人間が膨大な人数おり、それぞれの人に合った言葉で教えは説かれ、そのため教えの種類は膨大な種類にのぼるという意味の言葉となるのである。


お経とは何か

お経とは経典に「御」の字を付けた言葉で、要するに経典のこと。
経典とは仏教の教えが説かれた書物のこと。
したがってブッダが説いた言葉は、基本的にすべてお経と言ってしまって差し支えないのである。
そう考えれば、お経が膨大な数にのぼるというのも納得できるのではないか。


ただし厳密には、経典は後世に作られたもので、ブッダ在世当時はその教えを文字として記すことはなかった。
聖なる言葉は文字で書き残すのではなく、暗記するものと考えられていたためである。


しかし、暗記した言葉は年月の経過によってどうしても正確性が損なわれ、少しずつ変容していってしまう。
ブッダの言葉を直接耳にしていた人たちならまだしも、代を重ねればその内容はどうしたってあやふやにならざるをえない。


だから仏教徒たちはブッダの教えを文字で記す決意をし、後世にまでブッダの教えを正確に残そうとした
そうして出現したのが、お経というわけだ。

曹洞宗で読まれるお経

仏教経典、いわゆる「お経」と呼ばれるものは膨大な種類にのぼるが、そのなかで曹洞宗においてよく読まれるお経はかなり限られる。
ここではそれらのなかでも比較的よく読経されるものを掲載し、その経典の概略を記載する。


詳細や現代語訳を知りたいという場合は、それぞれの経典の項目にリンクを貼っておいたので、そちらからどうぞ。


摩訶般若波羅蜜多心経(般若心経)

日本でもっとも広く知られているお経。略して「般若心経」と呼ばれることが多い。
「空(くう)」の思想を説いたお経で、あらゆる存在は変化し続けており、不変のものは存在せず、「有」とも「無」とも言えない「空」という存在の在り方をしていると説いている。
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大悲心陀羅尼(だいひしんだらに)

サンスクリット語の経典を、意訳ではなく音訳した、いわゆる陀羅尼経典と呼ばれるものの1つ。
千手千眼観世音菩薩の広大な慈悲心を讃えた言葉の連なりで全文が構成されている。
禅宗各宗派でよく読経されているお経で、曹洞宗では般若心経とならんでもっともよく読経されているお経となっている。
略して大悲呪(だいひしゅ)とも呼ばれる。
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舎利礼文(しゃりらいもん)

ブッダの遺骨(舎利)を礼讃(敬う)するお経。
全文が72文字しかなく、お経のなかでもかなり短い部類に入る。
遺骨を礼讃するという内容であることから、葬儀や焼香などの場面で読経されることが多い。
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妙法蓮華経観世音菩薩普門品偈(観音経)

正式名称がとても長いため、一般的には観音経と呼ばれることが多い。
『法華経』のなかの「観世音菩薩普門品」という章のことである。
そこで説かれる観世音菩薩とは何なのか。
菩薩として生きるとはどういうことか。
どのような人も菩薩としていきるのなら菩薩にほかならないという、観音菩薩の功徳について説かれている。
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妙法蓮華経如来寿量品偈

観音経と同じく、『法華経』のなかの章の1つ。
「自我得仏来」という言葉から偈文が始まるので、「自我偈」と呼ばれることも多い。
ブッダは80歳で生涯を閉じることになるが、消滅したわけではなく、この世界で法を説き続けている、という内容になっている。
死とは何か、生きるとは何か、仏法とは何か、そのあたりの解釈によって、いろいろな意味合いに読み取ることのできるお経となっている。

参同契(さんどうかい)

禅の奥義書の1つといわれている、存在論についてのお経
世界に存在するあらゆるものはそれぞれに違いがあるが、違いがあるだけで別物ではないという趣旨で本文が綴られている。
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宝鏡三昧(ほうきょうざんまい)

『参同契』を深く読み解いたお経だと考えられている。
『宝鏡三昧』を書いたのは、『参同契』の著者である石頭禅師の孫弟子にあたる洞山良价禅師。
だから両経典は関係が深いのだと考えられている。
宝の鏡に映る自分について、問いを突詰めようとするお経。
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修証義(しゅしょうぎ)

道元禅師が著した一大著書『正法眼蔵』から抜粋された言葉で全文が構成されているお経。
難解な内容のなかから比較的易しい言葉を抜粋し、仏教の思想を表現している。
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『修証義』の内容は次の5つに大別されている。

一章「総序」(そうじょ)

『修証義』の総体的な序文という位置付け。
『修証義』の大綱といえる教えや、仏教の根本教理が説かれた内容となっている。
具体的には、死生観、人生観、無常観、因果観、業報観といったものが主題となっている
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二章「懺悔滅罪」(さんげめつざい)

過去の過ちを反省し、今後同じような過ちを犯さないと誓うと同時に、過ちの根本にある欲や煩悩から離れることを目指す。
それが懺悔。
欲から離れることができない人間という生き物と、その罪を滅する懺悔との関係について説かれている。
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三章「受戒入位」(じゅかいにゅうい)

仏の教えとは、戒に沿って生きることと言うことができる。
戒とは他から定められる禁止の条文ではなく、自分で自分を律していこうとする、自律の徳目のこと。
正しく生きるための指針のようなものである。
仏として生きるとき、人は仏になっているとする内容が説かれている。
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四章「発願利生」(ほつがんりしょう)

仏教には大きな目標が2つある。
1つは、修行をして自らが悟りを開き仏となることを目指す「上求菩提(じょうぐぼだい)」。もう1つは、人々から苦を取り除き楽を与えることを使命とする「下化衆生(げけしゅじょう)」。


自分自身の修行と、他者の安楽。
目指す生き方は2種あり、そのどちらに偏るでもなく実践を積み重ねていくことが、仏の道であると説いている。
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五章「行持報恩」(ぎょうじほうおん)

行持とは修行の持続というほどの意味。
報恩とは恩に報いること。
禅において恩に報いるとは、単に感謝の念を抱くことのみを意味しない。
仏の道を歩むことこそが恩に報いる生き方であるというのが、禅にとっての報恩。
つまり、行持こそが報恩なのである。
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正法眼蔵(しょうぼうげんぞう)

日本最高峰ともいわれる道元禅師の思想書。
修証義のもとになった一大書物で、正法(正しい仏法)とは何かという問いを大きなテーマに掲げて綴られた文章となっている。
100巻を目指して作成されたと考えられているが、未完のままとなった。
お経として扱われることは少ないが、曹洞宗の思想の基礎となっている経典といえる。
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普勧坐禅儀(ふかんざぜんぎ)

多くの人に坐禅を伝えようと、道元禅師が著わした坐禅に関するお経。
坐禅の仕方、注意点、心得など、坐禅をする上で知っておくべきことが網羅されている。
永平寺では夜の2時間の坐禅の最後に、この『普勧坐禅儀』をゆっくりと読経する。
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甘露門(かんろもん)

施食会の際に読経されることの多いお経。
甘露の門とは「安楽にいたる入口」というほどの意味であり、冒頭の和文以外は陀羅尼や真言で構成されている。
江戸時代に作成された、比較的新しい部類に入るお経となっている。