禅の視点 - life -

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【一休宗純】 読後に、思わず「なるほどねぇ」と唸る禅僧の逸話 

【禅僧の逸話】突然、金襴の袈裟を脱いだ一休宗純 -見た目と中身-

一休宗純という名前ではあまりピンとこないかもしれないが、これが頓知で有名な一休さんの正式な名前である。
アニメの影響からなのか、無理難題に対してひねりを効かせた頓知でするりとかわしていくようなイメージが強いが、書物に登場する一休さんはもっと風狂で皮肉屋
そこからは一休さんという親しげな名前よりも、一人の禅僧である宗純の名がふさわしい、一癖も二癖もある人物像が浮かび上がってくる。


たとえば、こんな逸話が残っている。
ある日、宗純を訪ねて一人の男がやってきて言った。
「私は京都の高井戸と申す長者の使いです。突然ではございますが、明日は大旦那さまの一周忌でして、ぜひ禅師さまにお勤めをお願いしたく思い参じました」
取次の僧がその旨を宗純に伝えると、では伺うことにするから時刻を訊いておいてくれとのこと。
その返事を聞いて安心した使いの者は、頭を下げるとお寺を後にした。


使いの者が去ってからしばらく経った。
陽が傾き、夕闇が辺りを包みはじめた頃、高井戸家の玄関先に、一人のみすぼらしい格好の男が現れた。泥だらけの薄汚れたぼろを着ている。
「どうぞ、お恵みを……」
男は哀れな声で両手を差し出し物乞いをした。


玄関に立つ高井戸家の使用人たちはそれを聞くと、
「だめだ、お前にやるものなどない。さっさと立ち去れ」
と、男を追い返した
「僅かばかりでかまいません。どうか、どうか……」
男はなおも両手を差し出す。
「うるさい、帰れと言っておるのがわからんのか!」


やがて騒ぎは家の中にまで聞こえ、とうとう若主人が家の中から出てきた。
「おい、何をしている。早くこいつを追い返さぬか。去らぬのなら叩き出せ!」
使用人は命じられたとおり、男を叩きつけ蹴り倒し、最後には往来に放り捨てた。そして固く門を閉ざしたのであった。


さて、翌日、宗純は煌びやかな金襴の袈裟をまとい、約束の時刻に高井戸家に赴いた。
玄関先には大勢の人が集まり、主人ら一族郎党は紋服姿で宗純を出迎えていた。
主人は宗純の傍に歩みより丁重に頭を下げた。
「本日はようこそおいでくださいました。さあ、こちらへどうぞ」


先導をするように招く主人であったが、宗純は足を動かさなかった
「こちらでございます。さあどうぞ」
再度招くも、それでも宗純は微動だにしない
「わしはここで結構じゃ」
「えっ、いや、お上がりいただきませぬと、お勤めいただくことができませぬゆえ……」
「ここで結構。わしにはここが身分相応なのじゃ」


宗純は玄関先に敷いてあったむしろの上に腰を下ろし、立ち上がろうともしなくなった。
主人はさすがに苛立ちを隠しきれず、宗純の手を引いて立たせようとする。
すると、宗純はその手を払いのけ、
「それほど招き入れたければ、この金襴の袈裟を仏間に持って行っていきなされ。わしは人に足蹴にされるようなもので有り難いものではないからのう。玄関先のむしろの上で十分じゃ」


怪訝な表情をする主人らを、宗純は皮肉そうな笑みを浮かべて眺めた。
「ご主人、昨日の黄昏れ時にみすぼらしい男がやってきたじゃろう。あれはわしじゃ。昨日は散々叩かれ蹴られ、今日は手厚くもてなされ。一体これはどういうわけじゃ。昨日のわしと今日のわしとで違うところはこの金襴の袈裟。されば、この袈裟を招き入れればよいのが道理ではないか」


これを聞いた主人らは、一様に言葉を失った。
一休宗純禅師といえば、将軍や多くの大名から尊敬される傑僧である。
そのような人物にむかって昨日のような非礼無礼を浴びせてしまったのかと思うと、ただただ顔が青ざめるばかりであった。


宗純は乾いた笑い声を響かせると、着ていた袈裟や法衣を脱いで笑顔で言った。
「法事はこの袈裟と法衣に頼みなされ。そのほうが功徳もあるじゃろうて」
そして何も屈託もなく軽やかに立ち上がると、すたすたと寺へ帰っていった。


身だしなみは大事だが、見てくれで判断しては、物事の内面を見抜くことはできないのだろう。