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平成27年4月8日、第14世ダライ・ラマ法王が初めて岐阜県の地を踏んだ日

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第14世ダライ・ラマ法王の招聘と曹洞宗岐阜県青年会

中国のチベット侵攻によって、国外へと亡命せざるをえなくなった第14世ダライ・ラマ法王は、祖国チベットの解放を訴え続けるとともに、62ヶ国以上の国々を歴訪し、平和非暴力相互理解慈悲などの教えを説き続けている。


そんなダライ・ラマ法王が初めて岐阜の地を訪れたのは、平成27年4月8日であった。
この日は我々曹洞宗岐阜県青年会僧侶にとって忘れることのできない日でもある。
当会の創立40周年記念事業として、約2年も前からダライ・ラマ法王を迎えての特別記念講演を行う準備を進めてきたのだ。


曹洞宗岐阜県青年会の概要

曹洞宗岐阜県青年会とは、岐阜県在住の曹洞宗の若手僧侶(45歳以下)で構成される青年僧侶の会である。
私もこの会に所属している。
創立は1976年。以来10周年目より5年ごとに講演・法要・演劇・研修などの周年事業を重ねてきた。
平成27年には創立40周年事業として、第14世ダライ・ラマ法王を岐阜へ招聘(しょうへい)し、特別記念講演を開催した。
法王が岐阜の地を踏むのは、じつにこのときが初めてであった。

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⇧ 第14世ダライ・ラマ法王と曹洞宗岐阜県青年会との集合写真。前列左から2番目が私。

第14世ダライ・ラマ法王特別記念講演

平成27年4月8日、ブッダが生まれたとされるこの日に花祭り法要と併せて、第14世ダライ・ラマ法王特別記念講演は行われた。
当日の私の役割は、ダライ・ラマ法王の道案内や警護など。
宿泊された都ホテルから隣接する講演会場である長良川国際会議場へと法王をご案内したり、昼食をご一緒させていただいたり、夜は法王の部屋があるフロアに張り付いて警護をしたり。
ダライ・ラマ法王ほどの要人ともなると、警察などと連携して警護をする必要があるとのことで、警察との事前の打ち合わせも行った。
法王のすぐ傍で警護をする本物のSPは、とてつもなく鋭い目をした強面の男であった。


私の役割のメインは、ダライ・ラマ法王をホテルから講演会場へとご案内すること。
法王専用のルートが決められ、それに沿って忠実にご案内する。
難しいことは何もないが、それでも緊張せずにはいられない。


途中、一カ所だけ三段ほどの階段があり、そこでは恐縮ながらも法王の手を握り、体を支え、万が一にも転んで怪我をすることのないよう、慎重にご案内をさせていただいた。
握った手は意外なほど大きく、そして温かかった。
二度と経験することのできない貴重な時間を過ごさせていただき、ありがたい限りである。


講演会のチケットは、2000席以上あるにも関わらず飛ぶように売れてすぐに完売。
法王に一目でいいから会いたいと、チケットが取れなかったにもかかわらず長良川国際会議場に足を運んだ方も随分いらっしゃったようである。
警護の関係もあり施設内に入っていただくことはできなかったが、隣接する都ホテルから講演会場へと移動するガラス張りの連絡通路を通ったとき、外から手を合わせて法王を拝んでいる方の姿を見た


苦難を強いられているチベット人にとって法王の存在は希望そのもの
だがどうやら、チベット人でなくてもその思いは変わらないようである。
あらためて自分が今ご案内をしている方が誰なのか、深く思い知らされた出来事であった。

法王の人となり

1989年、ダライ・ラマ法王はノーベル平和賞受賞の栄誉に輝いた。
祖国チベットの自由と世界の平和を求め、一貫して非暴力を提唱し活動を続けてきたことが国際的に高く評価されての受賞である。


そのような法王は、しかし自らを「一介の仏教僧侶」に過ぎないと語る。
実際に法王にお会いし、傍でその人柄を拝見させていただいたが、なんと温和で気さくで笑顔とユーモアに溢れた方であることか。
法王がこれほど世界の人々から支持されている要因の一つは、間違いなくこの人間味である。
チベットの最高責任者などという肩書きが付いていたものだから、近寄りがたい人となりを勝手にイメージしてしまっていた。猛省である。


法王は、じつに「一介の仏教僧侶」であった。