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「暗証」って仏教の言葉だったの? - 身近な仏教用語 -

暗証番号

【暗証】身近な仏教用語の意味

ATMでお金をおろそうとすると、必ず暗証番号を入力する必要がある。
パスワードも重要であるが、やはり最後のロックという意味では、暗証番号が大切である。
きっとこれから先も暗証番号は活用され続けていくのだと思う。
クレジットカードの暗証番号、携帯電話の暗証番号、金庫の暗証番号……。


本人であることを証明するための番号である、この暗証番号という言葉は、じつは仏教用語なのである。


「証しが暗い」と書いて「暗証」だが、この仏教用語は経論の正しい裏付けのない悟り(証り)のことを意味していた。
あるいは、師匠から認められてもいないのに、自分で悟ったと言い張ることなども。
つまり、正式ではなく、自分にだけしか通用しない証しを指す言葉というわけだ。


平たく言ってしまえば、自惚れということになるだろうか。
「井の中の蛙、大海を知らず」という、有名過ぎて有名と添えることが憚られるような諺があるが、暗証とは井戸の中でゲロゲロと大声で鳴いている蛙に過ぎないのだという、戒めの仏教用語というわけである。


当初、批判的な意味を含む言葉として用いられていたこの暗証という仏教用語は、年月を経ていくうちにその意味合いが少しずつ変化していった。
「自分にしか通用しない」という否定的な見方から、「自分だけには通用する」という肯定的な見方に変わっていったのである。


他人には通用しないが自分には通用する。
そこから、本人であることを証明する添え書きを指して暗証と呼ぶようになっていった。
暗証番号とは、それを使用しようとしている人物が自分自身を証明するため、つまり本人であることを証明するために用いる番号であるが、原意からいえば「自分を証明する」というよりも、「自分しか証明できない」番号というわけである。


暗い証しと暗くない証

文武両道とか、行学一体とかいう言葉があるように、座学と実技は車の両輪のようなもので、どちらか一方だけに偏ってしまっては真っ直ぐ進めない。
仏教の世界でも、経典を読んでばかりで実践のない僧を文字法師(もんじほうし)と言い、実践はあっても経典などで先人の教えを学ばない僧を暗証禅師と揶揄することがある。


情報ばかりを詰め込んだだけのような頭でっかちな人間では困るが、かと言って人の言葉から学ぶことをせず、自分で考えることもせずに行動に移してしまう人間も危なっかしくてかなわない
やはりそれらは両輪でなければならない。
暗証禅師という批判は、理解や行動が独りよがりなものになってはいないかという警告の言葉である。


ATMでお金を下ろそうと暗証番号を押すとき、ふと、この番号は自分を証明するものでありながら、自分にしか通用しない独りよがりな番号なのだと思うことがある。
するとこの番号は一体、大事な番号なんだか、大事でない番号なんだか。
いやいや、大事な番号だというのは無論間違いないのだが、何にとって大事なのか。
つい考えてしまうのはそこである。


本当に大事なのは、暗証ではない答えのほうなのだろう。
「暗くない証し」とは、数字などで答えられるはずもない、当たり前の真実を射貫く答えのはずである。


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