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アーナンダがブッダの侍者になったときの話

仏教,アーナンダ

アーナンダがブッダの侍者になったときの話

ブッダには、常に行動をともにした侍者がいた。アーナンダである。このアーナンダは、ブッダの従兄弟にあたる人物だったと考えられている。


ブッダの実母であるマーヤーはブッダを産んですぐに亡くなっており、ブッダは養母であるマハーパジャーパティーに育てられた。このマハーパジャーパティーは実母マーヤーの妹である。


父であるスッドーダナと養母マハーパジャーパティーの間にも子がおり、名前をナンダという。ナンダとアーナンダは名前が似ていて混同しやすいが、別人なので注意。異母弟がナンダで、従兄弟がアーナンダである。


ちなみに、ブッダはヤソーダラーという女性と16歳で結婚しており、29歳のときにはラーフラという名の子どもも生まれている。ラーフラが産まれてほどなくしてブッダは出家をするのだが、それには王位継承者であるラーフラが産まれたことが関係していると思われる。継承者を残したという時点で、自分は一族の王子として最低限の役割は果たしたのだとブッダが考え、出家へのハードルが下がったという見方である。


ブッダの家系図,アーナンダ
ブッダの家系図




侍者選び

侍者として常にブッダと行動をともにし、誰よりもブッダの話を多く聞いたことで「多聞第一」と称されるアーナンダ。そんなアーナンダがブッダの侍者になったのには、次のようなやりとりがあったと仏典に記されている。


ある時、ブッダはラージャグリハという町にいた。ラージャグリハは当時とても栄えていた古代都市で、ブッダはよくこのラージャグリハに留まって説法をしていた。ラージャグリハは周囲を5つの山に囲まれた盆地にあり、5つの山のうちの1つは、かの有名な説法の地である霊鷲山。ブッダはこの霊鷲山でもよく弟子たちに法を説いていた。


そんなラージャグリハでブッダは多くの弟子たちと一緒に修行をしていたのだが、その弟子の面々の記載が凄い。コーンダンニャ、アッサジ、バッディヤ、マハーナーマ、ヴァッパ、ヤサ、プンナ、ヴィマラ、ガヴァンパティ、スダヤ、サーリプッタ、アヌルッダ、ナンディヤ、キンビラ、レーヴァタ、モッガラーナ、カッサパ、コッティタ、チュンダ、カッチャーナ、マンターニプッタ。これだけ名が連なると、「仏弟子オールスターズ」と呼んでいいのではないかと思えてくる。


ブッダの苦行仲間であり最初の仏弟子である五比丘や、後に十大弟子と呼ばれるようになる面々。それから、えーと、よくわからない方々も……
そんな弟子たちに向かって、ブッダはこう告げた。


「私はだいぶ年をとった。年老いたことで体力も衰えてきており、寿命もそう長くはないだろう。そこで、普段から一緒に行動してくれる侍者を持ちたいと思う。あなた方の中から誰か1人を侍者に選び、私の補佐をお願いしたい。また、私が説いた教えを記憶して、よく覚えておいてもらいたい」


突然の発表に弟子たちは驚いたはずだ。するとすかさず弟子のなかの1人、コーンダンニャが立ち上がった。


「ブッダよ、そういうことであられるなら、私が侍者を務めましょう。常に傍に仕え補佐に務め、またブッダの話した言葉をよく記憶して忘れないようにいたします」


コーンダンニャはブッダの苦行時代の仲間で、五比丘と呼ばれるなかの1人。しかもブッダが最初におこなった説法を聞いて、悟り(阿羅漢)を開くにいたった第一号の弟子でもある。侍者ということであれば我こそが……! という思いがコーンダンニャにはあったのかもしれない。


それで、ブッダはコーンダンニャの申し出に対して次のように応えた。


「コーンダンニャよ、気持ちは嬉しいが、あなた自身もまた年老いてしまっている。体力も衰えているだろうし、私と同じように命が尽きる日も遠くはあるまい。むしろ、あなたにも侍者が必要なのではないか。誰か看てくれる人を探したほうがいい。とりあえず、坐るがよい」


なんというか、ちょっと可哀想に思えるような断わられ方である……。
まあ、老齢のコーンダンニャを思ってのことなんだろうが……。それでコーンダンニャが礼拝して坐り直すと、次にアッサジが立ち上がった。そしてコーンダンニャと同じように立候補するのだが、残念ながら同様の理由で断わられる。すると次にバッディヤが……というのを全員が繰り返して、全員断わられる。


錚々たる顔ぶれの弟子たちにも関わらず、誰もがことごとく断わられてしまったことで、「神通第一」と称されるモッガラーナは考えた。


「ブッダは一体誰になら侍者を任せるとおっしゃられるのか……。誰なら傍に仕え、話したことを記憶しておく役目を任せられるのか……。どれ、ここは一つ、神通第一である私が瞑想に入りブッダの心をのぞき込み、その気持ちを探ってみることにしよう」


そうしてモッガラーナは瞑想に入り、ブッダの心を観察した。するとブッダはアーナンダを侍者に選定したいと考えていることがわかった。身の回りの補佐と、説法を覚えておいてもらいたいのはアーナンダなのだと。


そこでモッガラーナは瞑想をやめて弟子たちに向かって言った。


「皆の者、知っているか、ブッダはアーナンダを侍者にしたいと考えておられることを。そうであるから、我々はただちにアーナンダのもとへと向かい、アーナンダにブッダの侍者になることを勧めようではないか」


そうしてモッガラーナを筆頭にして弟子たちはアーナンダのもとへと向かった。


アーナンダのもとへたどり着くと、モッガラーナは言った。


「アーナンダよ、ブッダは侍者を持ちたいとお考えでおり、その侍者にはアーナンダが相応しいとお考えである。どうかブッダの侍者となって身の回りの補佐と、ブッダの話した言葉をよく記憶しておく役目を引き受けてはもらえないだろうか


アーナンダよ、見晴らしのよい楼閣の東の窓を開けておけば、日の出とともに朝日が窓から部屋のなかに差し込み、西の壁を明るく照らすだろう。それと同じように、ブッダはアーナンダに向けて心の窓を開いている。そなたに侍者になってもらいたいと考えておられるのだ」


アーナンダは答えた。


「偉大なるモッガラーナよ、せっかくの話ではありますが、私にブッダの侍者は務まりません。ブッダの侍者という大役は、私の分を超えるものです。ブッダはまもなく60歳になろうかというお歳ではありますが、足腰はしっかりしており、体も健康でいらっしゃいます。私が補佐をする余地はないように思われます。そのような理由から、私はブッダの侍者になるわけにはまいりません」


「アーナンダよ、まあ私の話を聞きなさい。優曇華は3000年に1度だけ花を咲かせるというだろう。悟りを開いたブッダは、まさにこの優曇華のような方なのである。滅多に世に出る方ではない。このような機会は二度とないだろうから、そなたはなんとしてもブッダの侍者となるべきなのだ。これはブッダのみならず、そなたにとっても大きな果報を招く話である


アーナンダはしばらく考え、そして口を開いた。


「偉大なるモッガラーナよ、そういうことであれば、もしブッダが私の3つの願いを認めてくれたなら、私はブッダの侍者になりましょう。3つの願いとは、1つ、ブッダのために施された衣を私が着ることはない。2つ、ブッダのために施された食事を私が食べることはない。3つ、ブッダにまみえるべき時ではない時間に私がブッダにまみえることはない。この3つです」


モッガラーナはアーナンダに侍者となる心を起こさせると、立ち上がってアーナンダと別れた。そしてブッダのもとへ戻ると、ことの次第を伝えた。アーナンダは3つの願いを認めてくれたなら、ブッダの侍者を務める所存であることを。


「モッガラーナよ、なるほど、アーナンダは聡明な人物である。どうやら彼には智慧があり、先を見通すことができるようだ。もしアーナンダが侍者になれば、私の弟子のなかに謗りや嫉みの心を起こす者がいるだろうと。つまり彼はあらかじめ避けようとしているのである。アーナンダはブッダの衣が着たくて侍者になったのだ、ブッダの食事が食べたくて侍者になったのだ、ブッダにまみえたいがために侍者になったのだという誹謗中傷を。これはアーナンダの優れた手法と言える」


こうして3つの条件を提示し、認められたことで、アーナンダはブッダの侍者となった。そしてこれ以降、アーナンダは常にブッダの傍に仕え続けた。クシナガラの地でブッダが80年にわたる伝道の生涯を閉じるまで、ずっと。