禅の視点 - life -

禅語の意味、経典の現代語訳、仏教や曹洞宗、葬儀や坐禅などの解説

経典訳文

正法眼蔵第三「仏性」巻の概要と現代語訳と原文

『正法眼蔵』仏性の巻の主題となるものは、まさに題にあるとおり「仏性」である。 古来、仏教というものが悟りを開いて仏となることを目指す教えであることを考えたとき、仏性は必然的にその中心的な概念となってくる。 したがって、この仏性の巻を道元禅師…

正法眼蔵第二「摩訶般若波羅蜜」巻の概要と現代語訳と原文

『正法眼蔵』第二に位置付けられる「摩訶般若波羅蜜(まかはんにゃはらみつ)」の巻。 この巻が書かれたのは1233年。道元禅師33歳の頃のこと。 道元禅師は1200年ちょうどに生まれているため、西暦がわかれば禅師が何歳のときのことだったのかはすぐにわかる…

正法眼蔵第一「現成公案」巻の概要と現代語訳と原文

「現成」は「現成正覚」の略で、悟りがここに実現される、というほどの意味。 実現するものを示す「正覚」の部分が省略されているわけだが、そんなことはあえて言わなくてもわかるということか。 もちろん正覚とは「悟り」の意だ。 一方の「公案」は、原意を…

「本を読むことも大切だ」という道元禅師の言葉を意外に感じてしまう

先人が残した言葉をたどって仏道を学ぶというのもまったく間違っているわけではないが、やはり重要なのは実際の行い。それが道元禅師の基本的な立場である。 いわば座学よりも実践科目としての修行の在り方を説くわけであるが、しかし例外的に、仏道を志した…

大パリニッバーナ経の現代語訳 ~ブッダ最後の旅の言行録~ 第6章

ブッダの臨終の様子を記述した大パリニッバーナ経の第6章には、ブッダが弟子たちに残した「最後の言葉」が記されている。 その言葉とは一体どのようなものであったのか。 また、ブッダの死後、その遺体はどのようにして葬られたのか。 それらを記述したのが…

大パリニッバーナ経の現代語訳 ~ブッダ最後の旅の言行録~ 第5章

80歳でその生涯を閉じることとなるブッダは、最後の旅でどのような言葉を残したのか。 ブッダの最後の旅の記録ともいえる大パリニッバーナ経のなかで、今回は第5章を読み進めていきたい。

大パリニッバーナ経の現代語訳 ~ブッダ最後の旅の言行録~ 第4章

ブッダ最後の旅の言行録でもある『大パリニッバーナ経』の現代語訳(私訳)の4回目。 今回は4章を現代語訳して読み進めていきたいが、この章のなかでついにブッダは病を発症し、また寂滅の地であるクシナーラーにたどり着く。 ブッダが患った病とは何だった…

大パリニッバーナ経の現代語訳 ~ブッダ最後の旅の言行録~ 第3章

ブッダ最後の旅の言行録でもある『大パリニッバーナ経』の現代語訳(私訳)の3回目。 ここでは第3章を読み進めていきたい。 このシリーズを未読のかたは下の記事(第1章)からどうぞ。

大パリニッバーナ経の現代語訳 ~ブッダ最後の旅の言行録~ 第2章

ブッダ最後の旅の言行録でもある『大パリニッバーナ経』の現代語訳(私訳)の2回目。 ここでは第2章を読み進めていきたい。 前回を未読のかたは下の記事(第1章)からどうぞ。 ブッダ一向はガンジス側を渡り、北岸にたどり着いた。 「さて、アーナンダよ。…

大パリニッバーナ経の現代語訳 ~ブッダ最後の旅の言行録~

ブッダの最期を記した経典がある。 『マハー・パリニッバーナ・スッタンタ』。 日本では『大パリニッバーナ経』と呼ばれたり、『大般涅槃経』(だいはつねはんぎょう)と呼ばれたり、略して『涅槃経』と呼ばれたりすることもある。 一応ここでは『大パリニッ…

『宝鏡三昧』を現代語訳するとこうなる ~いのちの不思議を説くお経~

『参同契』とセットで読まれることの多いもう1つの奥義書『宝鏡三昧(ほうきょうざんまい)』を読み解いていきたい。 『参同契』が禅寺で奇数日に読経されるのに対し、『宝鏡三昧』は偶数日に読経されることが多い。 また法要では両者ともに読経する場合も…

『参同契』を現代語訳するとこうなる ~同と別を結びつけた思慮を説くお経~

『参同契』は禅の要諦を説いた奥義書の1つとされているが、確かにこの経典の説くところは奥深い。 現象と真理という両極にまたがるように存在する、あらゆる「存在」の本質を照らしだそうとする経典なのだが、一読しただけではおそらくこれを理解するのは難…

【賽の河原地蔵和讃】亡くなった子ども(水子)と地蔵菩薩の物語

地蔵菩薩の威徳を表現した和讃(歌のようなもの)に、「賽の河原地蔵和讃」というものがあるのだが、これがちょっとした問題を孕んだ、非常に考えさせられる和讃となっている。 私ははじめてこの「賽の河原地蔵和讃」の全文を読んだとき、こんな悲しい気持ち…

『修証義』第五章「行持報恩」を現代語訳するとこうなる ~仏として生きる~

行持という言葉は、見たことがあるようで、おそらく一般には見慣れない熟語だろう。 これは「修行の持続」を縮めた言葉で、絶えず修行を続けていくことが大切だという意味の言葉だ。 ただ修行といっても、滝に打たれるとか、火の上を歩くとか、禅の修行とは…

『修証義』第四章「発願利生」を現代語訳するとこうなる ~人の幸せを願う~

『修証義』の第二章「懺悔滅罪」、第三章「受戒入位」は、悟りを求める修行の在り方を説くものであった。今回みていく第四章「発願利生(ほつがんりしょう)」はそれらとは少し趣きが異なり、自分ではなく人の幸せを願う生き方が説かれている。 仏教には「上…

『修証義』第三章「受戒入位」を現代語訳するとこうなる ~戒という行動指針~

『修証義』第三章のテーマは「戒」。戒に沿って生きることが、仏の道を歩くことそのものであるということが説かれているのが、この三章「受戒入位」。 では、戒とは何なのか。 これは狭義には僧侶となる際に師匠から授かる16条の戒「十六条戒」を指すが、必…

『修証義』第二章「懺悔滅罪」を現代語訳するとこうなる ~懺悔からはじまる仏道~

懺悔滅罪(さんげめつざい)とは罪を懺悔するという意味であるが、自分は罪など犯していないと思う人もいるかもしれない。 しかしそうではなくて、たとえば刑法に該当するような罪ばかりが罪なのではなく、外を歩けば知らず知らずのうちに小さな虫を踏み殺し…

『修証義』第一章「総序」を現代語訳するとこうなる ~総論としての仏教思想~

道元禅師が著した孤高の名著である『正法源蔵(しょうぼうげんぞう)』。 その『正法源蔵』から抜粋した文章を再編成して組み直した経典、『修証義(しゅしょうぎ)』。 道元禅師の思想と世界観がちりばめられた『修証義』を現代語訳することで、道元禅にふ…

現代語訳『般若心経』③ - 摩訶般若波羅蜜多心経という経題の意味 -

私たちが普段『般若心経』と呼んでいるお経の経題(タイトル)は、各宗派によって若干の異なりがあるものの、『摩訶般若波羅蜜多心経』または『仏説摩訶般若波羅蜜多経』などと呼ばれている。 『般若心経』には現存するものだけで7種類ほどの訳が確認されて…

現代語訳『般若心経』② - 経典を現代語訳するということの意味 -

前回、『般若心経』の現代語訳を全文通して書いた。 一文に対する訳が長すぎだろうと、疑問を持たれたかもしれない。 もちろん意図的である。 なぜあのような訳になるのかは、追々詳細に綴っていきたい。 だがその前に、そもそも経典の訳とは何かについて述…