禅の視点 - life -

禅語の意味、経典の現代語訳、仏教や曹洞宗、葬儀や坐禅などの解説

戒名の読み方がわからない? 漢音と呉音と、レアな唐音(宋音)の話

漢音,呉音,唐音

漢音と呉音と、レアな唐音(宋音)の話


「人間」と「時間」の「間」の文字は、なんで同じ漢字なのに読み方が「ゲン」と「カン」で違うんだー、ややこしいな、クッソー! と、小学校の漢字テストで苦戦を強いられている小学生の皆さま、お気張りやす、としか申し上げられません。

今回はそんな漢字の「読み方」にまつわる話です。

戒名の読み方がわからない?

皆さまの家には仏壇がありますか? もし仏壇があれば、そこには先祖の位牌が祀られていることと思います。位牌に刻まれている戒名。あの漢字の羅列を見て、「どう読むんだろう?」と首をかしげたことはありませんでしょうか。


たとえば、次のような戒名があったとします。


英岳徳成居士


このうち、最後の2文字の「居士(こじ)」は位階と呼ばれるもので、名前ではなく尊称(肩書きみたいなもの)の1つです。ちなみに、居士というのは、仏教に関する知識・実践において秀でている者、という意味の尊称になります。


したがって、戒名は「居士」を除いた4文字になるのですが、厳密に言いますと、最初の2文字「英岳」も戒名ではありません。これは道号(どうごう)と呼ばれるもので、当人が体得した仏道の境地を漢字で表現したものになります。


ただし道号は、相手を実名で呼ぶことが失礼にあたるという考え方から、実名を避けた呼び名、いわゆる「あざな」と同じような意味で用いられることもあったようです。名前をそのまま呼ぶのは失礼だという考え方があったんですね。


ですので、先の例でいうと、真に戒名と言えるのは「徳成」の2文字のみ。知ってましたか? 知らなかったでしょう? 僧侶も含め、戒名というのはみんな漢字2文字なんです。

「とくせい」か「とくじょう」か

では、問題の「徳成」の読み方に移りましょう。

この戒名の読み方は以下の2つのどちらかです。


「とくせい」
  or
「とくじょう」


そして結論から言えば、どちらであるかは戒名を授けた僧侶にしかわかりません


子どもの名前をどう読むかは親が決めるように、戒名の名付け親である僧侶以外に、正しい読み方というものはわかりません。名付け親の僧侶が「とくせい」だと言えば「とくせい」で、「とくじょう」だと言えば「とくじょう」。なので、どちらが正しいと外野がどうこう言うことはできず、戒名を名付けた僧侶に尋ねる以外に正答を得る方法はありません


ただし、仏教関連の言葉の読み方には「ある特徴」が存在し、これを意識している僧侶と意識していない僧侶とで、戒名の読み方に違いが出てきます。
その「ある特徴」とは、「仏教用語の読み方は呉音が多い」ということ。

1つの漢字に読み方が複数ある理由

漢字というのはご承知のとおり中国から伝わった文字ですが、じつは伝わった時代によって、同じ漢字でも読み方が違うのです。


具体的に、日本にまず伝わった漢字は呉音で読みました。もっとも、当時はその発音をあえて「呉音」と称することはありませんでしたが。なぜなら、漢字の読み方は当時まだ呉音しか存在しなかったため、改めて「〇〇音」と呼ぶ必要がなかったからです。つまり発音は当初、1つだったわけです。


ちなみに、呉音と聞くと「ああ、魏呉蜀の呉の発音ってことね」と思うかもしれません。しかし、どうもそうというわけでもないようで、研究者によっては、呉音と呼ばれている発音は朝鮮半島の発音であるとする見解もあり、このあたりの真実は今もなおよくわかっていません。


それで、日本に最初に伝わった発音である呉音ですが、この時伝わった言葉のなかには仏教に関するものが多く含まれていました。お経もそうです。なのでお経は呉音で読みます。そういえば、お経の「経(きょう)」も呉音ですね。漢音だと「けい」。やはり仏教関係の読み方は呉音が多い。


仏教用語の読み方に呉音が多いのは、呉音とともに伝えられたもののなかで仏教に関する事柄が多かったから。仏教というのはそれくらい古くから日本に伝わってきたものだということでもあります。

漢音の言葉の伝来

時代を経て、奈良時代から平安時代になりますと、今度は漢音と呼ばれる発音で読む漢字が日本に伝来します。この漢音という発音は中国の都近辺の言葉のようなもので、現代日本における標準語みたいなニュアンスの言葉でした。


言わば正統とも言える言葉が伝来してきたことで日本は、これまで呉音で発音していた言葉を漢音で発音するように直そうと動き出します。と同時に、新しい発音を漢音と称し、古い発音を呉音と称して、呉音をちょっと小バカにしたような風潮が生まれました。「古い言葉だなぁ、プププっ」と。そうして発音を漢音に直させようとしたわけです。


しかし、一度定着した言葉の発音を直すというのは容易なことではありません。現代でも、標準語があっても地方にはそれぞれ方言があるのと同じように、染みついた言葉というのは相当な意識で直す努力をしなければ直ることはないでしょう。結局、仏教用語は漢音には直りませんでした。まあ、呉音で暗記していたお経を漢音で覚え直すという話になっても、正直、無理だと思います。


最初に伝来した仏教用語を多く含む呉音の言葉と、後に伝来した漢音の言葉。もちろん例外はたくさんあるので、仏教用語であっても漢音で読むものもあり、仏教と関係なくても呉音で読む言葉も沢山あります。ともあれ、こうした事情があるものですから、仏教徒に授ける戒名は呉音で読むべきだと考えている僧侶はそれなりにおり、そのためちょっと聞き慣れない発音で戒名を読む場合があります。


冒頭の戒名「徳成」も、ここは呉音で「とくじょう」と読むべきだろう、という具合ですね。

レアな発音「唐音(宋音)」

漢字が伝えられた時代によって、同じ漢字でも発音に違いがあり、そうした呉音と漢音の違いが漢字の読みのややこしさの理由。しかしじつはこの呉音と漢音以外に、もう1つ別の発音があるのです。それが、唐音と呼ばれる発音です。唐音は宋音とも呼ばれることがあり、合体して唐宗音と呼ばれることもあります。私が大学で仏教を学んでいた時は、唐宗音という呼び方をすることが多かったですが、ここではとりあえず唐音に統一しておきましょう。


この唐音の例を挙げますと、たとえば「行」なんて調度いいですね。

「行」の読み方は、


呉音だと「ギョウ」
漢音だと「コウ」
唐音だと「アン」


「行」で「アン」は、ないだろう。どんな時に「アン」って読むんだよ。そんなふうに思いませんか?
実際の言葉で例を挙げますと、たとえば「行脚」という言葉があります。読めますでしょうか、この言葉。正解は「あんぎゃ」です。僧侶が修行のために各地を歩いて巡ることですね。


ちなみに「脚」も読み方が3つあり、


呉音だと「カク」
漢音だと「キャク」
唐音だと「キャ」


となります。
なので行脚は、どちらも唐音ということになります。


ほかには、「頭」も唐音の読みがありますね。「ジュウ」。「頭」を「ジュウ」と読む熟語が思い浮かぶでしょうか? ジュウジュウジュウジュウジュウ……饅頭!(まんじゅう) と思いついたあなたは甘党に違いない。


唐音は普段あまり馴染みのない発音をするものが多く、いわゆる難読漢字と呼ばれるものが多い印象があります。


唐音は平安時代中期以降~江戸時代くらいに日本に伝わってきた言葉で、禅僧が中国から持ち帰ってきた言葉が多いのが特徴の1つになっています。例えば「払子」という言葉は「ほっす」と読みますが、これ、お葬式などで導師が手に持っているハタキに似た仏具のこと。


この払子は、もともとはインドにおいて虫を殺さずに払いのけるための道具でしたが、中国においてやがて意味合いが変化し、「払う」という繋がりから「煩悩を払う」といったふうに拡大解釈され、法要のなかで使われる仏具となっていきました。この「子」を「ス」と読むのは、唐音の発音です。なので「様子」も唐音ですね。呉音と漢音では「子」はどちらも「シ」と読みます。


仏教の言葉には呉音で読むものが多いですが、禅宗に限れば、唐音で読む言葉もそこそこあります。さすがに戒名を唐音で読むようにしている僧侶はいないと思いますが、漢字の読み方が複数あるのは、こうした理由からなのですね。

永平寺での誤読事件

ちなみに私は永平寺で修行をしていましたが、やはり禅宗ということで、初めて聞く言葉が山のようにありました。一度聞いただけでは覚えられない言葉もあったりしまして、間違えて読んで叱られたこともあります。


誤読で1つ忘れられない出来事がありまして、永平寺では朝ご飯のことを「小食」と呼びます。これ、何と読むと思いますか? 「しょうしょく」? いえいえ、正解は「しょうじき」です。「食」を「しょく」と読むのは漢音で、仏教では呉音で読むことが多いという特徴があるように、ここは呉音で「じき」と読みます。


では、これは何と読むでしょう?


「中食」


中食とは、お察しのとおり昼ご飯のことです。「食」はもちろん「じき」と発音しますから、これは「ちゅうじき」と読みます。しかし、これを漢音で「ちゅうしょく」と読んだ場合、奇しくも日本人が一般的に昼ご飯のことを差す「昼食」と同じ発音となり、違和感がないのです。そのため私は修行時代、中食を思い切り堂々と「ちゅうしょく」と読んだことがあります。


すると、それを聞いていた古参和尚が激怒したんですね。


「テメェ! 『ちゅうしょく』だと!? ランチ気分か!!」

すぐに合掌して頭を下げましたけど、内心、おかしくて笑いが込み上げてきたのを覚えています。「ランチ気分か!!」って、漢音と呉音の読みの違いを指摘するのに、まさか英語を使ってツッコミを入れてくるとは、ね。