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【多羅葉】ハガキのもとになった、文字が書ける不思議な葉っぱ

多羅葉,たらよう

【多羅葉】葉書のもとになった、文字が書ける不思議な葉っぱ

通信技術の発達で、人と連絡を取る際に葉書(はがき)を用いることは随分と少なくなった。
知人とのやりとりはケータイなどのデジタル機器が主体となり、62円もかけてしかも届くまでに時間のかかる葉書を選ぶことはほとんどない。(年賀はがきは52円)
機会があるとすれば年賀状や、結婚式などの出欠確認のためにというような改まった内容を記す場合か、もしくは絵手紙のように、あえて葉書を使用するといったものくらいではないだろうか。


次第にその活躍の場が縮小している葉書であるが、この葉書というものが考え出された背景にはちょっと面白い経緯がある。
そこで今回は知られざる葉書の出生の秘密と、葉書と仏教との意外な関係についてご紹介したい。


葉書はどうやって生まれたのか

葉書を考案したのは、郵便制度の生みの親である前島密(まえじま・ひそか)である。明治期のことだ。
前島は政府が飛脚に支払う金額が非常に高額にのぼることを知り、その金額を資金として郵便事業を進めれば、もっと効率の良い、しかも広く誰もが活用することのできる郵便制度を作れるはずだと考え、郵便制度の策定に着手しその礎を築いた。
前島の発議によって始まった郵便事業が実際に開始されたのは1871年(明治4年)。
ただし当初は試験的な意味も含め、東京大阪間に限られたものであった。


このような功績から前島は「郵便の父」と称されており、明治期の偉人の1人にも数えられている。
今も1円切手には前島の肖像画が用いられており、他の切手では度々デザインの変更が行われるが、この1円切手のデザインだけは今後も変わることはないという。
それだけ前島の功績が偉大なものであったということだろう。


郵便制度を発案した前島は、同時に「郵便」「切手」「葉書」といった名称も定めた。
私たちが普段何気なく使用しているこれらの言葉は、前島によって命名された言葉なのである。

なぜ葉書は「葉に書く」なのか

葉書という言葉が前島によって定められたのはいいとして、そもそもの疑問は、なぜ「葉に書く」を意味する「葉書」という名称にしたのかという点である。
葉書は紙なのだから「紙書」でもいいわけだ。いや、むしろそのほうが実状に即しているのは間違いない。
それにも関わらず、あえて「葉書」と命名したのにはやはり訳がある。
話は少し曲折するが、まずは時代をはるか遡り、紀元前5世紀頃のインドに着目しよう。


インドに発生した原始仏教は当初、ブッダの教えを文字で残すということをしなかった。
口伝というか、耳で覚えて口で伝えていくという方法しか存在しなかった。
しかしそれではどうしても正確性に欠けるということで、やがて弟子達が集まって話し合いをし、ブッダの教えを文字に記して残すことにした


しかし、現在のような紙も筆記用具も、紀元前のインドには存在しない。
そこで古代インドでは木の葉に文字を刻み後世へと言葉を残すという方法をとった。
その際に使用される葉っぱはどの木の葉っぱでもいいというわけではなく、多羅樹(ターラ樹)の葉が用いられた。
なぜ多羅樹であったのか、その理由は簡単。葉が大きく丈夫で、文字を残しておく媒体として適していたためだ。
葉に針のような尖ったもので傷を付けるようにして文字を刻み、そこへ油に墨を混ぜた液体を擦り込み、余分な箇所を拭き取ることではっきりと文字を残しておくことが可能だったのである。


多羅樹とは

多羅樹は棕櫚(しゅろ)に似た姿をした樹で、高さは30メートルにも達する。ひょろっとしているからとても背が高く見える。
葉の形状も棕櫚と同じで、掌を広げたように中心から放射状に細長い葉が伸びている。

多羅樹,全景
 ↑ 多羅樹

葉全体の大きさは直径3メートルにもなりこれまた非常に大きい。細い葉1枚でも1メートルをゆうに超える。
1枚の葉の形状は笹の葉に似て、極端に細長い。

多羅樹,葉
 ↑ 葉を切り取る作業中

これを長細の四角形にカットし、文字を記した後、穴を開けて紐を通して何枚もの葉をまとめて保存した。
どことなく、中高生がよく用いる単語帳の巨大なもののようにも見える。
それはともかく、それらの中で経文(ブッダの教え)を記した葉は、やがて貝葉経(ばいようきょう)と呼ばれるようになっていった。

貝葉経
 ↑ 貝葉経

多羅樹と多羅葉

こうして仏教では、紙が普及する以前は経文を葉に書き残して後世へと伝えてきたわけであるが、日本に多羅樹は生えていなかった。
しかし葉の裏に文字が書ける面白い樹が日本にはあった。と言っても、この木も原産はインドである。
その樹の葉は多羅樹のように傷を付けた部分に墨を擦り込むわけではなく、傷を付けた部分が黒く変色して文字がはっきりと識別できるようになるという性質を持った面白い葉であった。
その様子はまるで多羅樹の葉に文字を刻んだ貝葉経のようであったことから、「多羅樹のような樹」という意味を込めて「多羅葉(たらよう)」と名付けられた。

多羅葉の若木
 ↑ 多羅葉の若木

前島はこの多羅葉を参考に、葉書という名前を思いついたと言われているのである。
多羅葉の葉ほどの大きさの紙を作り、そこへ想いをしたため、相手のもとへと送り届ける。
それは現実には紙であるが、たとえ紙がなくても葉に文字を記して大切な誰かに言葉を送ることができるというのは、なんともロマンに溢れた名前であると思う。


多羅葉,接写
 ↑ 多羅葉の葉

多羅樹と多羅葉は名前こそ似ているが、見た目はまったく似ても似つかない。
多羅樹は南国を思わせるヤシ科の樹木で、多羅葉はモチノキ科の平凡な常緑樹。
葉に文字を書き残すことができるという点でのみ共通していることから似た名前となっている。
それもまた面白い縁である。

多羅葉の葉っぱは実際に葉書の代わりになる

多羅葉は郵便局のシンボルツリーとなっている。
そのため、郵便局の敷地内にこの多羅葉を植えているところもあるようだ。
文字を書き残すことができ、葉書のヒントにもなっている樹であるから、シンボルツリーに選ばれても違和感はない。むしろ葉書のエピソードを知れば、なるほどと納得できる。
そして面白いことに、この多羅葉の葉に住所や名前を記して投函すれば、葉書のように実際に配達をしてもらうことも可能なのだ。
もちろん多羅葉の葉に限った話ではなく、どの葉でも配達してもらえるだろうが、葉書にまつわるこのような逸話がある以上、葉書の代わりに葉を用いるのであれば是非とも多羅葉の葉で送ってみたい。


……ということで、京都に住むある人物に多羅葉の葉を実際に送ってみた。
ただ書くだけかと思いきや、これが意外や意外、結構大変な作業だった。
多羅葉のはがき

【次回へつづく】