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【誠拙周樗】 寄付とは福田に苗を植えるようなもの - 禅僧の逸話 -

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【誠拙周樗】寄付とは福田に苗を植えるようなもの - 禅僧の逸話 -

江戸時代中期から後期を生きた臨済宗の禅僧に、誠拙周樗(せいせつしゅうちょ)がいる。
誠拙は伊予国の出身で、宇和島藩主伊達侯の菩提寺、仏海寺で出家し小僧となった。
藩主の菩提寺とあって伊達侯は度々この寺を訪れていたらしく、和尚と話をする際に小僧である誠拙に肩たたきをさせたことがあった。
「小僧、なかなかたたき肩が上手いではないか。よく効いて気持ちがいいぞ。褒美に、今度江戸から帰ってきた折に法衣をやろう。楽しみにしておれ」
すっかり気を良くした伊達侯は誠拙とそんな口約束を交わしたという。


その後しばらくして、伊達侯は江戸への参勤交代を終えて宇和島へと帰ってきた後、再び仏海寺を訪れた。
和尚と話をはじめた伊達侯は、例によって誠拙に肩たたきを命じた。
すると誠拙は肩をたたきながら伊達侯に訊ねた。
「お殿様は以前、江戸からの帰りに私に法衣を買ってきて下さるとおっしゃっておりましたが、その法衣はどうなりましたか?」
「おお、そうであった。しかしすまんな、すっかり忘れておったわい」
伊達侯が平然と答えると、誠拙は肩をたたく手をとめた。そして、
この嘘つきめ、武士に二言はないのではなかったのか!
と、伊達侯を罵倒し、さらになんと頭をなぐって部屋を出て行ってしまった。


開いた口がふさがらないのは和尚のほう。
小僧が殿様の頭を殴ってしまったのだから、もう気が気でない。
それはもはや粗相などという生やさしいレベルの話ではなく、首がとぶレベルの大事件だ。
和尚は恐る恐る伊達侯の顔をのぞいた。
「……あの小僧……なかなか大物ではないか。この宇和島でわれの頭に拳骨を浴びせたのは、あの小僧だけじゃ。行く末が楽しみというものだ」
わっはっは、と笑いながら、伊達侯は寺を後にした。
和尚はさぞかし肝を冷やしたことだろう。
安堵のため息が聞こえてきそうな小僧時代の逸話である。

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山門改修と寄付

そんな伝説的小僧時代の逸話を残している誠拙であるが、大人になってからも周囲の人が冷や汗をかくような、しかしなるほどと思う逸話が残っているのでご紹介させていただきたい。
誠拙はやがて地方行脚の旅に出るが、鎌倉の円覚寺に身を寄せ修行をするようになる。
そしてこの円覚寺で法を嗣ぎ、人々に仏教を伝えて生きるようになった。
円覚寺には古い山門があり、やがてこれを改築することになり、広く寄付を募ることが決まった
すると早速、1人の男が寄付を申し出てくれた。
しかもその額、五百両。


過日、男は五百両を抱えて円覚寺を訪れ、どうぞ改修に充ててくださいと誠拙に手渡した。
受け取った誠拙はというと、
「そうか」
という素っ気ない返事をしただけで、お礼のような言葉は何も言わない
男は、きっと五百両を五両かなんかと聞き間違えたのだから驚かなかったのだろうと思い、もう一度念を押すように言った。
五百両ばかりではございますが、ご寄付をさせていただきます」


今度はさすがに聞き間違えることもないだろう。
男が誠拙の反応を窺っていると、誠拙はこう言った。
「ああ、わかった」
ああ、わかった? 
わかった、じゃねーわ!
五百両も寄付するんだと言っているんだから、もうちょっと何かあるだろうが!!
と、そんな不満が湧き起こったであろう男は、我慢ができずに和尚に詰め寄った。


「いや、和尚さま、五百両ですぞ。このような金は私にとって大変な大金です。容易に稼ぐことのできる額ではありません。そんな大金を寄付するのですから、せめてお礼の一言でも聞かせてはもらえませ……」
「馬鹿者がー!!」
誠拙和尚は男の話が終わらないうちに大喝を浴びせた。
そして、こんな話を聞かせたという。


「寄付をすれば、お前さんは徳を積むことになる。寄付というのは自分の福田に苗を植えるようなものじゃ。その苗はやがて実りをむかえて、お前さんのところへと返ってくるじゃろう。よい行いはよい報いとして返ってくる。その報いが、お礼というならお礼じゃろうて。それなのになぜ、わしがお礼を言わなくてはならんのじゃ」


この仏教的論理を臆することなく口にできる誠拙和尚。
私を含め、大概の僧侶は面と向かってなかなかこうは言えない。
ただ誠拙和尚は間違ったことを言っているのではない。
むしろ仏教的に考えれば、誠拙和尚の言い分こそ正しい。
寄付、つまり布施という行為は、布施をする者が修行として徳を積むために行うのが本義であるのだ。
だから布施を受けたものはお礼を言わないのが、じつは正しい
このような布施という仏教独特の思想については以前にも下の記事などで扱ったので、詳しくはそちらをご一読いただきたい。
www.zen-essay.com


間違ったことは言っていないのだが、その一言に周囲は凍りつく。
あるいは衝撃を受ける。
それで飄々としているのが、いかにも禅僧らしいといえばらしいのだが……。
ほんと、想像するだけでハラハラしてしまう。