禅の視点 - life -

幸福とは? 自分とは? 自由とは? 人生とは? 心を満たす入口探し、禅エッセイ

経典訳文

「本を読むことも大切だ」という道元禅師の言葉を意外に感じてしまう

先人が残した言葉をたどって仏道を学ぶというのもまったく間違っているわけではないが、やはり重要なのは実際の行い。それが道元禅師の基本的な立場である。 いわば座学よりも実践科目としての修行の在り方を説くわけであるが、しかし例外的に、仏道を志した…

大パリニッバーナ経の現代語訳 ~ブッダ最後の旅の言行録~ 第6章

ブッダの臨終の様子を記述した大パリニッバーナ経の第6章には、ブッダが弟子たちに残した「最後の言葉」が記されている。 その言葉とは一体どのようなものであったのか。 また、ブッダの死後、その遺体はどのようにして葬られたのか。 それらを記述したのが…

大パリニッバーナ経の現代語訳 ~ブッダ最後の旅の言行録~ 第5章

80歳でその生涯を閉じることとなるブッダは、最後の旅でどのような言葉を残したのか。 ブッダの最後の旅の記録ともいえる大パリニッバーナ経のなかで、今回は第5章を読み進めていきたい。

大パリニッバーナ経の現代語訳 ~ブッダ最後の旅の言行録~ 第4章

ブッダ最後の旅の言行録でもある『大パリニッバーナ経』の現代語訳(私訳)の4回目。 今回は4章を現代語訳して読み進めていきたいが、この章のなかでついにブッダは病を発症し、また寂滅の地であるクシナーラーにたどり着く。 ブッダが患った病とは何だった…

大パリニッバーナ経の現代語訳 ~ブッダ最後の旅の言行録~ 第3章

ブッダ最後の旅の言行録でもある『大パリニッバーナ経』の現代語訳(私訳)の3回目。 ここでは第3章を読み進めていきたい。 このシリーズを未読のかたは下の記事(第1章)からどうぞ。

大パリニッバーナ経の現代語訳 ~ブッダ最後の旅の言行録~ 第2章

ブッダ最後の旅の言行録でもある『大パリニッバーナ経』の現代語訳(私訳)の2回目。 ここでは第2章を読み進めていきたい。 前回を未読のかたは下の記事(第1章)からどうぞ。 ブッダ一向はガンジス側を渡り、北岸にたどり着いた。 「さて、アーナンダよ。…

大パリニッバーナ経の現代語訳 ~ブッダ最後の旅の言行録~

ブッダの最期を記した経典がある。 『マハー・パリニッバーナ・スッタンタ』。 日本では『大パリニッバーナ経』と呼ばれたり、『大般涅槃経』(だいはつねはんぎょう)と呼ばれたり、略して『涅槃経』と呼ばれたりすることもある。 一応ここでは『大パリニッ…

『宝鏡三昧』を現代語訳するとこうなる ~いのちの不思議を説くお経~

『参同契』とセットで読まれることの多いもう1つの奥義書『宝鏡三昧(ほうきょうざんまい)』を読み解いていきたい。 『参同契』が禅寺で奇数日に読経されるのに対し、『宝鏡三昧』は偶数日に読経されることが多い。 また法要では両者ともに読経する場合も…

『参同契』を現代語訳するとこうなる ~同と別を結びつけた思慮を説くお経~

『参同契』は禅の要諦を説いた奥義書の1つとされているが、確かにこの経典の説くところは奥深い。 現象と真理という両極にまたがるように存在する、あらゆる「存在」の本質を照らしだそうとする経典なのだが、一読しただけではおそらくこれを理解するのは難…

十牛図に秘められた悟りの諸相 【廓庵師遠版】(後篇)

十牛図に秘められた悟りの諸相 (後篇) 前篇に引き続き、十牛図を読み解いていきたい。 後篇は第六よりはじまるので、前篇を読んでいない方は先に十牛図の前篇を読んでから、この後篇を読んだほうがわかりよいように思う。 下の記事が前篇なので、未読の方…

十牛図に秘められた悟りの諸相 【廓庵師遠版】(前篇)

十牛図とは、禅の極意、つまりは「悟り」というものを感覚として摑むことができるよう、牛を題材にした十枚の絵によって悟りへのプロセスを描き表わした絵画であり、教本であり、芸術である。 この十牛図の面白さは、何と言っても「悟り」といった漠然とした…

【賽の河原地蔵和讃】亡くなった子ども(水子)と地蔵菩薩の物語

地蔵菩薩の威徳を表現した和讃(歌のようなもの)に、「賽の河原地蔵和讃」というものがあるのだが、これがちょっとした問題を孕んだ、非常に考えさせられる和讃となっている。 私ははじめてこの「賽の河原地蔵和讃」の全文を読んだとき、こんな悲しい気持ち…

写経をはじめるなら鉛筆写経が絶対オススメ【手本ダウンロード可】

はじめて写経をする際、私がオススメするのは鉛筆写経だ。これまで実際に筆、筆ペン、ボールペン、鉛筆と、様々な筆記用具で写経をしてみたが、一番リラックスして書くことができ、かつ書きやすく、写経に集中できる筆記用具は鉛筆であった。しかもダントツ…

『修証義』第五章「行持報恩」を現代語訳するとこうなる ~仏として生きる~

行持という言葉は、見たことがあるようで、おそらく一般には見慣れない熟語だろう。 これは「修行の持続」を縮めた言葉で、絶えず修行を続けていくことが大切だという意味の言葉だ。 ただ修行といっても、滝に打たれるとか、火の上を歩くとか、禅の修行とは…

『修証義』第四章「発願利生」を現代語訳するとこうなる ~人の幸せを願う~

『修証義』の第二章「懺悔滅罪」、第三章「受戒入位」は、悟りを求める修行の在り方を説くものであった。今回みていく第四章「発願利生(ほつがんりしょう)」はそれらとは少し趣きが異なり、自分ではなく人の幸せを願う生き方が説かれている。 仏教には「上…

『修証義』第三章「受戒入位」を現代語訳するとこうなる ~戒という行動指針~

『修証義』第三章のテーマは「戒」。戒に沿って生きることが、仏の道を歩くことそのものであるということが説かれているのが、この三章「受戒入位」。 では、戒とは何なのか。 これは狭義には僧侶となる際に師匠から授かる16条の戒「十六条戒」を指すが、必…

『修証義』第二章「懺悔滅罪」を現代語訳するとこうなる ~懺悔からはじまる仏道~

懺悔滅罪(さんげめつざい)とは罪を懺悔するという意味であるが、自分は罪など犯していないと思う人もいるかもしれない。 しかしそうではなくて、たとえば刑法に該当するような罪ばかりが罪なのではなく、外を歩けば知らず知らずのうちに小さな虫を踏み殺し…

『修証義』第一章「総序」を現代語訳するとこうなる ~総論としての仏教思想~

道元禅師が著した孤高の名著である『正法源蔵(しょうぼうげんぞう)』。 その『正法源蔵』から抜粋した文章を再編成して組み直した経典、『修証義(しゅしょうぎ)』。 道元禅師の思想と世界観がちりばめられた『修証義』を現代語訳することで、道元禅にふ…

『修証義』とは何か ~その成り立ちと構成・概要~

修証義は5章、31節、3704文字からなる経典である。 そのほとんどが『正法眼蔵』から抽出された言葉によって構成されており、比較的平易な言葉が選ばれていることもあって、禅の思想の入門書に格好の書物といえる。 その内容は、道元禅師が標榜した「正伝の…

現代語訳『般若心経』③ - 摩訶般若波羅蜜多心経という経題の意味 -

私たちが普段『般若心経』と呼んでいるお経の経題(タイトル)は、各宗派によって若干の異なりがあるものの、『摩訶般若波羅蜜多心経』または『仏説摩訶般若波羅蜜多経』などと呼ばれている。 『般若心経』には現存するものだけで7種類ほどの訳が確認されて…

現代語訳『般若心経』② - 経典を現代語訳するということの意味 -

前回、『般若心経』の現代語訳を全文通して書いた。 一文に対する訳が長すぎだろうと、疑問を持たれたかもしれない。 もちろん意図的である。 なぜあのような訳になるのかは、追々詳細に綴っていきたい。 だがその前に、そもそも経典の訳とは何かについて述…

『般若心経』を現代語訳するとこうなる - 存在が存在することの意味を説くお経 -

『般若心経』は短いお経であり、おそらく日本でもっとも広く知られているお経である。 知られるだけの内容が、確かにこの経典には存在する。 ただ、読めばその内容が理解できるかといえば、それは難しいと言わざるをえない。 基礎的な仏教の知識がなければ理…