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禅の視点 - life -

幸福とは? 自分とは? 自由とは? 人生とは? 心を満たす入口探し、禅エッセイ

ぜんざいの語源は仏教用語? ぜんざいとお汁粉の違いは?

ぜんざいは漢字で善哉と書く。「善き哉」と書いてなぜあの甘いぜんざいを指すのかというと、これには深いわけがある。 今から2500年以上昔、ブッダが在世であったころの話。ブッダは弟子たちに説法をする中で、時折り質問をしてみたりもした。 そしてその問…

【賽の河原地蔵和讃】亡くなった子ども(水子)と地蔵菩薩の物語

地蔵菩薩の威徳を表現した和讃(歌のようなもの)に、「賽の河原地蔵和讃」というものがあるのだが、これがちょっとした問題を孕んだ、非常に考えさせられる和讃となっている。 私ははじめてこの「賽の河原地蔵和讃」の全文を読んだとき、こんな悲しい気持ち…

写経をはじめるなら鉛筆写経が絶対オススメ【手本ダウンロード可】

はじめて写経をする際、私がオススメするのは鉛筆写経だ。これまで実際に筆、筆ペン、ボールペン、鉛筆と、様々な筆記用具で写経をしてみたが、一番リラックスして書くことができ、かつ書きやすく、写経に集中できる筆記用具は鉛筆であった。しかもダントツ…

【風外本高】紅葉の名所、足助の香嵐渓で暮らした禅僧

江戸時代後期の曹洞宗の僧侶に風外本高(ふうがい・ほんこう)がいる。 紅葉で有名な愛知県の足助の香嵐渓(こうらんけい)にある香積寺の25世住職であった風外は、その前は大阪の寺院で住職をしていた。 そこへ足助の人々や役人がやってきて、ぜひ香積寺の…

禅語一覧【五十音順】

禅語一覧 ブログ「禅の視点」において取り扱った禅語を、五十音順で以下に一覧掲載しました。 それぞれの言葉をクリックすると、その言葉を題材にしたエッセイや詳しい説明を読むことができます。 興味のある言葉を見つけたら、ぜひクリックしてみてください…

皮肉という言葉はなぜ「皮」と「肉」なのか。意外にも原意は仏教用語。

現在使われている「皮肉」という言葉には、主に2つの意味がある。 1つは、人を意地悪く遠回しに非難すること。 もう1つは、思ったとおりにならないことを嘆く様子。 「親のコネで就職できてよかったね」 というセリフが前者で、 「頑張ったのに就活が徒労…

【禅語】霧の中を行けば覚えざるに衣湿る ~環境から受ける影響~

善い人のそばにいれば、意識せずとも善い影響を受ける。 悪い人のそばにいれば、自ずと悪い方向へと流れていく。 先が見えないような濃い霧のなかを歩いていると、いつの間にか衣服が湿っているように、身を置く環境によって無意識のうちに受ける影響という…

『修証義』第五章「行持報恩」を現代語訳するとこうなる ~仏として生きる~

行持という言葉は、見たことがあるようで、おそらく一般には見慣れない熟語だろう。 これは「修行の持続」を縮めた言葉で、絶えず修行を続けていくことが大切だという意味の言葉だ。 ただ修行といっても、滝に打たれるとか、火の上を歩くとか、禅の修行とは…

『修証義』第四章「発願利生」を現代語訳するとこうなる ~人の幸せを願う~

『修証義』の第二章「懺悔滅罪」、第三章「受戒入位」は、悟りを求める修行の在り方を説くものであった。今回みていく第四章「発願利生(ほつがんりしょう)」はそれらとは少し趣きが異なり、自分ではなく人の幸せを願う生き方が説かれている。 仏教には「上…

『修証義』第三章「受戒入位」を現代語訳するとこうなる ~戒という行動指針~

『修証義』第三章のテーマは「戒」。戒に沿って生きることが、仏の道を歩くことそのものであるということが説かれているのが、この三章「受戒入位」。 では、戒とは何なのか。 これは狭義には僧侶となる際に師匠から授かる16条の戒「十六条戒」を指すが、必…

『修証義』第二章「懺悔滅罪」を現代語訳するとこうなる ~懺悔からはじまる仏道~

懺悔滅罪(さんげめつざい)とは罪を懺悔するという意味であるが、自分は罪など犯していないと思う人もいるかもしれない。 しかしそうではなくて、たとえば刑法に該当するような罪ばかりが罪なのではなく、外を歩けば知らず知らずのうちに小さな虫を踏み殺し…

『修証義』第一章「総序」を現代語訳するとこうなる ~総論としての仏教思想~

道元禅師が著した孤高の名著である『正法源蔵(しょうぼうげんぞう)』。 その『正法源蔵』から抜粋した文章を再編成して組み直した経典、『修証義(しゅしょうぎ)』。 道元禅師の思想と世界観がちりばめられた『修証義』を現代語訳することで、道元禅にふ…

『修証義』とは何か ~その成り立ちと構成・概要~

修証義は5章、31節、3704文字からなる経典である。 そのほとんどが『正法眼蔵』から抽出された言葉によって構成されており、比較的平易な言葉が選ばれていることもあって、禅の思想の入門書に格好の書物といえる。 その内容は、道元禅師が標榜した「正伝の…

諸悪莫作の解釈 ~七仏通誡偈は簡単そうで奥が深い?~

仏教には七仏通誡偈(しちぶつつうかいげ)と呼ばれる短い偈文がある。七仏というのは仏教の創始者であるブッダ以前に存在したとされる6人の仏と、ブッダを足した7人の仏をいう。この7人の仏は過去七仏(かこしちぶつ)と称され、禅宗ではその名前を日々…

春を探してお花摘み ~春を感じることのできる親子遊び~

うららかな春。陽の下を歩いていると、少し汗ばむくらい暖かな季節になってきた。 絶好の散歩日和に恵まれたので、春休みで退屈している長男(小1)と次男(年少)と一緒に春探しに出発することに。 まあ春探しと言っても、咲きはじめた草花を摘むだけの長…

【禅語】無功徳 ~功徳を求めれば功徳なし~

無功徳という禅語は、禅宗の初祖とも称される菩提達磨(ぼだい・だるま)の言葉である。 南インドの香至国(こうしこく)という国の第3王子として生まれた達磨は、やがて出家をして僧となった。そして後年、仏法を説き広めるためにインドを発って中国へと向…

Z会の幼児教材から「方便」の好例を見つけた ~身近な仏教用語~

仏教用語である方便という言葉は、相手を正しい方向へと進ませるための便法をいう。もっとも便法とは、その場しのぎの一時的な便宜上の手段という意味もあるが、ここでいう便法とはむろんそれではない。単純に、1つの方法というほどの意味。「便」の字を入…

輪廻とは何か?何が輪廻しているのか? 【身近な仏教用語】

通常、世間一般的な理解としての輪廻は、おそらく次のようなものである。 人は死後、肉体や物質的なものではない精神的な何か、いわゆる魂とよばれるようなものが身体から抜け出し、別の命に宿り、次の人生を生きるようになる。それはこの人間の世である場合…

坊主頭(スキンヘッド)にするために髪を剃る方法と注意点

実際に髪を剃る際、どのように剃ればいいのか。もし髪が長い(1cm以上)場合、そのままでは剃ることが不可能であるため、まずはバリカンで一度髪の毛全体を限界まで短くしておく必要がある。 バリカンには髪の毛の長さを調節してカットするためのアタッチメ…

【禅語】 放下着 ~執着はエネルギー源でありストレス源~

捨てる。すると軽やかに生きられる。放下着とはそんな意味の禅語である。 「着」という字は前の言葉の意味を強める助字なので、その字自体に意味はない。 現代でいえば「!」に相当する文字。 つまり「放下」を強める働きをする字なので、放下着という禅語の…

「所得」「無所得」の語源は仏教にある? ~身近な仏教用語~

仏教で所得といえば、これはもう仏道修行によって得た仏法に関する所見のことをいう。 どの程度仏法を理解しているか。 仏法というものをどのように考えているか。 そういった意味の言葉であるが、よりストレートに言ってしまえば、悟りを得たかどうかという…

【害虫の種類】ゴキブリを害虫と呼ぶのは本当の害虫を知らない人。

ダイニングを本拠地としてかまえ、時にはリビングにも遠征に出るゴキブリ。 普段は戸棚の奥深くや冷蔵庫の後ろの僅かな隙間に身を隠し、天敵が寝静まった夜にカサコソと姿を現す。 何かの手違いでその黒光りした体躯がまだ明るいフロアを駆け巡ると、半ば狂…

禅の修行って何? ~永平寺での修行で何を得たか~

一般の方と話をしていて「一時期、永平寺で修行をしていた」という話になると、「修行ってどんなことをするの?」と訊かれることが多い。 滝に打たれるとか、火の上を歩くだとか、苦行という部類に入るようなわかりやすい修行をイメージされる方が多いのだが…

【麻浴宝徹】 扇であおいでこそ風は風になる - 禅僧の逸話 -

『正法眼蔵』のなかに「現成公案(げんじょうこうあん)」の巻というのがあり、そこに麻浴宝徹(まよく・ほうてつ)禅師に関する逸話が記載されている。 風にちなんだ、こんな話だ。 夏の暑い日。 麻浴宝徹禅師は扇をあおいで涼んでいた。 するとそこに1人…

【禅語】 慈眼 ~褒めて伸ばす? 叱って伸ばす?~

慈眼という禅語がある。 この禅語を頭に想い浮かべるとき、私はどこかの書家が言ったという次の言葉を想起する。 「人が書く字には必ず良いところがある。 どんな字にも良いところが必ずある 子どもであっても、大人であっても、それぞれに良さがある。 たと…

「あみだくじ」の語源と阿弥陀如来 ~身近な仏教用語~

アタリ、ハズレ、あるいは順番などを決める際に便利な「あみだくじ」。 人数分の線を引けば必ず全員が別のゴールに行き着き、かつ「どこに行くかな~」と指で線をなぞるときのゲーム性を秘めたあみだくじは、盛り上がりと平等性と簡易性が相まって、年代を問…

曹洞宗と臨済宗の修行観の違い ~悟りと修行の関係~

曹洞宗と臨済宗はどちらも禅の流れを汲む宗派で、親戚関係のような、お隣さんのような、とても近しい関係にある宗派同士となっている。 どちらも抽象的な理論よりも実践的な経験を重んじ、自然を真理そのものとして受け入れて、自然に順応するような生き方を…

【禅語】 柳は緑 花は紅 ~色眼鏡を外した世界を見たくはないか?~

禅では、色眼鏡をはずせということを言う。 色眼鏡とは少々古風な言い方で、これはつまりサングラスのこと。 あれをかけて辺りを眺めると、風景の色合いがまるで違ってくるから面白い。 赤色の眼鏡をかければ、透明な水も赤く見える。 緑色の眼鏡なら、砂漠…

【四九日】修行って休日はあるんですか?と訊かれて「えっ」となった話

「修行というのは生き方なので、休みというものはないんですよ。 ただ、禅寺には休みに似た日があるにはあるんです。 四九日(しくにち)っていうんですけどね、1ヶ月のなかで四と九のつく日、つまり4日、14日24日、9日、19日、29日は、起床時間がいつもよ…

【関山慧玄】 雨漏りと小僧とザル対応 - 禅僧の逸話 -

妙心寺の開山(初代住職)である関山慧玄(かんざん・えげん)禅師には、ちょっと有名な逸話が残っている。 雨漏りとザルの話、といえばピンとくる方がいるかもしれない。 こんな話だ。 当時、妙心寺の伽藍は相当古かったのか随分と傷んでいたようで、ある雨…

2月15日は涅槃会、ブッダが亡くなった命日 ~涅槃図と涅槃団子~

ガンジス川中流域を中心に普遍の教えを説き続けブッダは、紀元前383年、クシナーラーの地で80歳の生涯を閉じた。 多くの弟子たちに囲まれ、惜しまれつつ看取られた最期だったという。 2月15日はそんなブッダの涅槃(亡くなること)を悼み、伝道の日々を偲ぶ…

旧暦とは? 新暦と何が違う? お盆の時期が異なる理由 

旧暦は月をもとに考える暦法をいう。 月の満ち欠け、つまり新月から次の新月までを1つの月と考えるのが旧暦のベース。 と、それだけだと「旧暦=太陰暦」と解釈されてしまう可能性があり、事実、旧暦とは太陰暦だと思っている方が多い。 これはまったくの間…

【誠拙周樗】 寄付とは福田に苗を植えるようなもの - 禅僧の逸話 -

江戸時代中期から後期を生きた臨済宗の禅僧に、誠拙周樗(せいせつしゅうちょ)がいる。 誠拙は伊予国の出身で、宇和島藩主伊達侯の菩提寺、仏海寺で出家し小僧となった。 藩主の菩提寺とあって伊達侯は度々この寺を訪れていたらしく、和尚と話をする際に小…

永平寺へ車椅子で参拝することは可能か ~永平寺のバリアフリー~

永平寺へ車椅子で参拝する際のポイント 曹洞宗の大本山である福井県永平寺は、急峻な山の斜面を背にして、いくつもの伽藍や御堂などの建造物が建てられている。 斜面であることから必然的に階段が多くなり、車椅子での参拝はできないのではないかと心配され…

【禅語】 妄想すること莫れ ~比べることで不幸を感じるようになる~

たとえば、こんなようなことを考える人がいたとする。 あっちの人は若くして亡くなったから不幸で、こっちの人は100歳まで生きたから幸せ者だった。 隣の家は高級車に乗っているから幸せで、向かいは車がないから不幸なもんだ。 あの家では牛肉を食べている…

娑婆(しゃば)って、どういう意味? ~身近な仏教用語~

娑婆という漢字を見ると、なんとなくお婆さんを連想してしまうのは私だけかもしれないが、漢字自体には何の意味もない。 それもそのはず、娑婆という言葉はサンスクリット語の「サハー」という言葉の音訳で、単純に「サハー」という発音に似た音のする漢字を…

【雲居希膺】自他の区別がなければ、損も得もない - 禅僧の逸話 -

日本三景として名高い景勝の地、松島。 海にぽっこりと顔を出す大小の島々が美しいこの地に、瑞巌寺という禅寺がある。 伊達政宗の菩提寺としても有名なこの禅寺は、政宗の時代に建設された桃山文化を代表する建造物として、多くの堂宇が国宝・重要文化財に…

【故人の年齢】享年と行年の違い、満年齢と数え年の意味、胎児期間は?

葬儀の際によく問題となるのが、故人の年齢。 「77才で亡くなったけど、位牌をみたら79才って書いてあった」 「享年と行年って何が違うの?」 「満年齢じゃだめなの? 数え年でなきゃだめなの?」 「人によって説明が違う」 などなど、遺族の方々は葬儀社ス…

坐禅(座禅)で使う坐蒲(座蒲)の豆知識 ~選ぶポイントや手入れの仕方など~

坐禅をする際には、尻の下に丸形のクッションのようなものを置く。 これを坐蒲(ざふ)という。 クッションと言ってしまうとじつは怒られたりするものだから、坊さんの世界では「丸形の蒲団」と言う慣わしになっていたりもするが、蒲団じゃあ、ちょっとねぇ……

【禅語】 身心 ~イライラを治すなら、心ではなく体に意識を向けたほうがいい~

「禅」という言葉の語源は、インドのサンスクリット語の「ジャーナ」。 意味は、「心を整える」。 けれども心を整えようとするとき、心を整えようとは考えないのが、禅における心の整え方。 「……? 何をわけのわからないことを言っているんだ?」 きっと、意…

一僧侶から見た「お坊さん便」③ ~「お坊さん便」の問題点~

これまで「お坊さん便」について2回にわたって考察をしてきた。 1回目は、「お坊さん便」の宗教的有意性について。 仏教と縁遠い方々が仏式法要を営む入口となりえる点において、「お坊さん便」にも宗教的意義はあると述べた。 2回目は、「お坊さん便」に対…

一僧侶から見た「お坊さん便」② ~全日仏の批判~

前回は「お坊さん便」の有意性、すなわち、仏式法要を営みたいと考えながらも伝を持たない方々と寺院をつなぐ宗教的意義について考えた。 今回は、そのような「お坊さん便」の問題点、特に全日仏が批判する点について。 前回をお読みになっていない方は下の…

一僧侶から見た「お坊さん便」① ~宗教的有意性~

2015年12月8日、Amazonから「お坊さん便」なる商品が出品されて話題になった。 その直後、12月24日に公益財団法人 全日本仏教会(以下、全日仏)が、このサービスへの批判を理事長談話として全日仏の公式サイトに発表。 そして翌年3月に同サービスの中止を求…

浜までは 海女も蓑着る 時雨かな ~滝瓢水の句におもう~

江戸中期の俳人に、滝瓢水(たき・ひょうすい)がいる。 船問屋の息子として生まれた瓢水は若くして俳諧の才を発揮し、後に人口に膾炙するほどの秀句をいくつも残した。 「浜までは海女の蓑着る時雨かな」はその1つだ。 ただし瓢水は放蕩息子という意外な一…

「観光」って、何で「観行」じゃあないんだろう? ~身近な仏教用語~

福井県の観光名所といえば、大本山永平寺。 私はここで1年間修行をしていたが、秋の行楽シーズンには最大で2万人もの方々が訪れたこともあった。 樹齢700年ともいわれ、天を突くようにそびえる杉の巨木。 鮮やかな朱色に染まる楓の葉。 そしてその背に佇む…

曹洞宗の葬儀の流れ ~わからない葬儀を、わかる葬儀へ~

曹洞宗の葬儀 葬儀は何をやっているのかがわかりにくい。 もしくは端的に、わからない。 そのような声は批判というよりも、「もうちょっと、どうにかならないものか」というような、要請と苦情と困惑が入り交じったような音調でもって耳に届く。 一般家庭か…

【禅語】 一日作さざれば一日食らわず - 錦織圭とイチローと百丈禅師 -

【スポンサーリンク】 (adsbygoogle = window.adsbygoogle || []).push({}); 【禅語】一日作さざれば一日食らわず(いちじつなさざれば いちじつくらわず) インドにおける仏教では、僧侶は自ら食べ物を生産することが固く禁じられていた。 そのため畑を耕し…

「図に乗る」の図とは、この図のこと - 身近な仏教用語 -

「図に乗る」という言葉は、お経の唱え方にちなんだ仏教用語なのだが、僧侶以外でこのことを知る人はほとんどいないだろう。 通常、お経というものには音階がなく、節も付けずに一本調子で唱えられることが多い。 『般若心経』などでも 「カンジーザイボーサ…

坐禅と座禅の違い - なぜ正しいのは「坐禅」のほうなのか? -

……どっちでもいいよ、そんなこと。 と、呆れる方もいるかもしれないが、たぶん世の中の禅宗僧侶の大半は相当に違和感を覚えているものと察するので、やはり一度はっきりとお伝えしておきたい。 「ざぜん」は、「坐禅」と書くのが正式であり、「座禅」ではな…

【大休宗休】人の評価は死ぬまでわからない - 禅僧の逸話 -

戦国時代、武将今川義元の帰依によって、駿河(静岡県)の臨済寺の住職として招かれた禅僧に大休宋休(だいきゅう・そうきゅう)がいる。 この大休禅師には「人の評価」に関するナルホドな逸話が残っているので、ご紹介したい。 大休禅師のもとに来客があり…