禅の視点 - life -

幸福とは? 自分とは? 自由とは? 人生とは? 心を満たす入口探し、禅エッセイ

墓じまいに精通する勝桂子さんの講演で印象に残った言葉5選

僧侶の研修会に参加した際、講師として勝桂子(すぐれ・けいこ)さんが登壇され講演をされた。 勝さんは行政書士でありつつ、葬祭カウンセラーとしての顔も持ち、墓じまいや寺院と檀家との軋轢など、終活分野全般から寺院にまつわる問題にまで精通するスペシ…

『参同契』を現代語訳するとこうなる ~同と別を結びつけた思慮を説くお経~

『参同契』は禅の要諦を説いた奥義書の1つとされているが、確かにこの経典の説くところは奥深い。 現象と真理という両極にまたがるように存在する、あらゆる「存在」の本質を照らしだそうとする経典なのだが、一読しただけではおそらくこれを理解するのは難…

【禅語】 鳥啼いて山更に幽なり ~静けさを破ることで際立つ静けさ~

風がやみ、木の葉が擦れ合うかすかな音さも聞こえない深い森。 その森から一羽のカラスが鳴き声を上げながら飛び立つ。 途端に静寂が破られて、辺りに鳴き声がこだまする。 カラスが次第に遠ざかるにつれて、鳴き声の余韻も散じるように空に消え入り、山は再…

多羅葉の葉をハガキの代わりに投函する際の注意点

葉書が考え出されるきっかけとなった多羅葉(らたよう)の葉っぱ。 この葉は、葉の裏側に傷を付けると黒く跡が残るため、その性質を利用して文字を残しておくことができる。 つまり先の尖ったもので文字を刻むことで、紙のように使用することが可能という不…

【多羅葉】ハガキのもとになった、文字が書ける不思議な葉っぱ

現在のような紙も筆記用具も、紀元前のインドには存在しない。 そこで古代インドでは木の葉に文字を刻み後世へと言葉を残すという方法をとった。 その際に使用される葉っぱはどの木の葉っぱでもいいというわけではなく、多羅樹(ターラ樹)の葉が用いられた…

醍醐味ってどんな味? カルピスとの意外な関係

「行間を読むのが小説の醍醐味」 「ジェットコースターの醍醐味は出発直後の急降下」 などと使われる醍醐味(だいごみ)という言葉は、「物事の一番の面白味」「奥深い味わい」「神髄」といった意味を持つ言葉である。 この醍醐味という言葉が仏教から生まれ…

【洲原ひまわりの里】 魔女コンテストに挑戦しよう!

洲原ひまわりの里 岐阜県美濃市の洲原地区で、8月中旬をメインに「洲原ひまわりの里」というプロジェクトが人気を博している。 長良川のほとりに建つオレンジ色の三角形の屋根が特徴的な洲原地域ふれあいセンターの周囲に約1万本の多様なひまわりを植え、…

お盆って何? 意外と知らないお盆にまつわるQ&A 七選

意外と知らないお盆にまつわるQ&A 七選 Q.1 そもそも、お盆って何? Q.2 お盆の起源は? Q.3 お盆の時期に各地で違いがあるのはなぜ? Q.4 「お盆」という言葉に意味はあるの? Q.5 盆棚はどうやって準備すればいい? Q.6 キュウリとナスの供物は、何? Q.7 …

【禅語】八風吹けども動ぜず ~不動心とは何だろうか~

、「八風吹けども動ぜず」とは、揺れた心がすぐにもとの座標、心の中心点に戻ってくることを言った禅の言葉なのだ。 嬉しければ嬉しいと感じ、心をもとにもどす。 悲しければ悲しみ、心をもとにもどす。 怒るときは怒り、心をもとにもどす。 いつまでも感情…

喝といえば心越興儔と水戸黄門。それから『スラムダンク』。

禅の世界には一字関(いちじかん)とか一転語(いってんご)とか呼ばれる特殊な言葉がある。 一字関(一転語)とは、その一言でもって相手を真理に導く、気付かせる、悟らせるための言葉のこと。 それにはいくつかの種類がある。 なかでももっとも有名な一字…

鳥窠道林と白居易との名問答 「諸悪莫作 衆善奉行」【禅僧の逸話】

8世紀から9世紀を生きた中国の禅僧に鳥窠道林(ちょうか・どうりん)がいる。 鳥窠という名前の意味は、じつは「鳥の巣」。 なぜ鳥の巣などと呼ばれていたかというと、この禅師なんとも不思議なことに、毎日松の木の上で坐禅をしていたという伝説が残って…

十牛図に秘められた悟りの諸相 【廓庵師遠版】(後篇)

十牛図に秘められた悟りの諸相 (後篇) 前篇に引き続き、十牛図を読み解いていきたい。 後篇は第六よりはじまるので、前篇を読んでいない方は先に十牛図の前篇を読んでから、この後篇を読んだほうがわかりよいように思う。 下の記事が前篇なので、未読の方…

十牛図に秘められた悟りの諸相 【廓庵師遠版】(前篇)

十牛図とは、禅の極意、つまりは「悟り」というものを感覚として摑むことができるよう、牛を題材にした十枚の絵によって悟りへのプロセスを描き表わした絵画であり、教本であり、芸術である。 この十牛図の面白さは、何と言っても「悟り」といった漠然とした…

「億劫」が意味する果てしない時間 【身近な仏教用語】

億劫のもともとの読みは「おくこう(ごう)」だった。 億というのは一十百千万億の「億」で、とても多い数字であることの意味。 劫というのは億よりもさらに大きな数で、極めて長い時間を意味する言葉である。 なぜこれらのように長い(多い)時間(数字)を…

【両祖】曹洞宗の祖は2人いる ~道元禅師と瑩山禅師~

日本の仏教宗派の一派である曹洞宗(そうとうしゅう)では、あまり宗祖(しゅうそ)という言葉を使用しない。 宗祖とはその言葉のとおり、宗派の祖、つまりはその宗派の創始者というほどの意味であるが、そうした言葉を用いない。 普通、それぞれの宗派には…

智慧と知恵の違い、「賢い」の意味、オレオレ詐欺で考えてみよう

普通「ちえ」と聞くと、大抵はこちらの漢字の「知恵」を思い浮かべるのではないだろか。けれども仏教では「智慧」と書く。 簡単に書くか難しく書くかの違いと思われがちな差異だが、仏教では両者をまったくの別物として考えている。漢字が異なるのは意味に違…

供養の意味や考え方を知ると、供養の在り方は豊かに広がる

亡き人の冥福を祈って行われる行為は、総じて供養と呼ばれる。 仏壇にご飯や水を供えたり、墓前に花を飾ったり、読経をしたり。そういったものをすべて供養と考えて、亡き人が少しでも喜ばれるように、安らかになるように、そう願って人は供養を施す。 供養…

ぜんざいの語源は仏教用語? ぜんざいとお汁粉の違いは?

ぜんざいは漢字で善哉と書く。「善き哉」と書いてなぜあの甘いぜんざいを指すのかというと、これには深いわけがある。 今から2500年以上昔、ブッダが在世であったころの話。ブッダは弟子たちに説法をする中で、時折り質問をしてみたりもした。 そしてその問…

【賽の河原地蔵和讃】亡くなった子ども(水子)と地蔵菩薩の物語

地蔵菩薩の威徳を表現した和讃(歌のようなもの)に、「賽の河原地蔵和讃」というものがあるのだが、これがちょっとした問題を孕んだ、非常に考えさせられる和讃となっている。 私ははじめてこの「賽の河原地蔵和讃」の全文を読んだとき、こんな悲しい気持ち…

写経をはじめるなら鉛筆写経が絶対オススメ【手本ダウンロード可】

はじめて写経をする際、私がオススメするのは鉛筆写経だ。これまで実際に筆、筆ペン、ボールペン、鉛筆と、様々な筆記用具で写経をしてみたが、一番リラックスして書くことができ、かつ書きやすく、写経に集中できる筆記用具は鉛筆であった。しかもダントツ…

【風外本高】紅葉の名所、足助の香嵐渓で暮らした禅僧

江戸時代後期の曹洞宗の僧侶に風外本高(ふうがい・ほんこう)がいる。 紅葉で有名な愛知県の足助の香嵐渓(こうらんけい)にある香積寺の25世住職であった風外は、その前は大阪の寺院で住職をしていた。 そこへ足助の人々や役人がやってきて、ぜひ香積寺の…

禅語一覧【五十音順】

禅語一覧 ブログ「禅の視点」において取り扱った禅語を、五十音順で以下に一覧掲載しました。 それぞれの言葉をクリックすると、その言葉を題材にしたエッセイや詳しい説明を読むことができます。 興味のある言葉を見つけたら、ぜひクリックしてみてください…

皮肉という言葉はなぜ「皮」と「肉」なのか。意外にも原意は仏教用語。

現在使われている「皮肉」という言葉には、主に2つの意味がある。 1つは、人を意地悪く遠回しに非難すること。 もう1つは、思ったとおりにならないことを嘆く様子。 「親のコネで就職できてよかったね」 というセリフが前者で、 「頑張ったのに就活が徒労…

【禅語】霧の中を行けば覚えざるに衣湿る ~環境から受ける影響~

善い人のそばにいれば、意識せずとも善い影響を受ける。 悪い人のそばにいれば、自ずと悪い方向へと流れていく。 先が見えないような濃い霧のなかを歩いていると、いつの間にか衣服が湿っているように、身を置く環境によって無意識のうちに受ける影響という…

『修証義』第五章「行持報恩」を現代語訳するとこうなる ~仏として生きる~

行持という言葉は、見たことがあるようで、おそらく一般には見慣れない熟語だろう。 これは「修行の持続」を縮めた言葉で、絶えず修行を続けていくことが大切だという意味の言葉だ。 ただ修行といっても、滝に打たれるとか、火の上を歩くとか、禅の修行とは…

『修証義』第四章「発願利生」を現代語訳するとこうなる ~人の幸せを願う~

『修証義』の第二章「懺悔滅罪」、第三章「受戒入位」は、悟りを求める修行の在り方を説くものであった。今回みていく第四章「発願利生(ほつがんりしょう)」はそれらとは少し趣きが異なり、自分ではなく人の幸せを願う生き方が説かれている。 仏教には「上…

『修証義』第三章「受戒入位」を現代語訳するとこうなる ~戒という行動指針~

『修証義』第三章のテーマは「戒」。戒に沿って生きることが、仏の道を歩くことそのものであるということが説かれているのが、この三章「受戒入位」。 では、戒とは何なのか。 これは狭義には僧侶となる際に師匠から授かる16条の戒「十六条戒」を指すが、必…

『修証義』第二章「懺悔滅罪」を現代語訳するとこうなる ~懺悔からはじまる仏道~

懺悔滅罪(さんげめつざい)とは罪を懺悔するという意味であるが、自分は罪など犯していないと思う人もいるかもしれない。 しかしそうではなくて、たとえば刑法に該当するような罪ばかりが罪なのではなく、外を歩けば知らず知らずのうちに小さな虫を踏み殺し…

『修証義』第一章「総序」を現代語訳するとこうなる ~総論としての仏教思想~

道元禅師が著した孤高の名著である『正法源蔵(しょうぼうげんぞう)』。 その『正法源蔵』から抜粋した文章を再編成して組み直した経典、『修証義(しゅしょうぎ)』。 道元禅師の思想と世界観がちりばめられた『修証義』を現代語訳することで、道元禅にふ…

『修証義』とは何か ~その成り立ちと構成・概要~

修証義は5章、31節、3704文字からなる経典である。 そのほとんどが『正法眼蔵』から抽出された言葉によって構成されており、比較的平易な言葉が選ばれていることもあって、禅の思想の入門書に格好の書物といえる。 その内容は、道元禅師が標榜した「正伝の…

諸悪莫作の解釈 ~七仏通誡偈は簡単そうで奥が深い?~

仏教には七仏通誡偈(しちぶつつうかいげ)と呼ばれる短い偈文がある。七仏というのは仏教の創始者であるブッダ以前に存在したとされる6人の仏と、ブッダを足した7人の仏をいう。この7人の仏は過去七仏(かこしちぶつ)と称され、禅宗ではその名前を日々…

春を探してお花摘み ~春を感じることのできる親子遊び~

うららかな春。陽の下を歩いていると、少し汗ばむくらい暖かな季節になってきた。 絶好の散歩日和に恵まれたので、春休みで退屈している長男(小1)と次男(年少)と一緒に春探しに出発することに。 まあ春探しと言っても、咲きはじめた草花を摘むだけの長…

【禅語】無功徳 ~功徳を求めれば功徳なし~

無功徳という禅語は、禅宗の初祖とも称される菩提達磨(ぼだい・だるま)の言葉である。 南インドの香至国(こうしこく)という国の第3王子として生まれた達磨は、やがて出家をして僧となった。そして後年、仏法を説き広めるためにインドを発って中国へと向…

Z会の幼児教材から「方便」の好例を見つけた ~身近な仏教用語~

仏教用語である方便という言葉は、相手を正しい方向へと進ませるための便法をいう。もっとも便法とは、その場しのぎの一時的な便宜上の手段という意味もあるが、ここでいう便法とはむろんそれではない。単純に、1つの方法というほどの意味。「便」の字を入…

輪廻とは何か?何が輪廻しているのか? 【身近な仏教用語】

通常、世間一般的な理解としての輪廻は、おそらく次のようなものである。 人は死後、肉体や物質的なものではない精神的な何か、いわゆる魂とよばれるようなものが身体から抜け出し、別の命に宿り、次の人生を生きるようになる。それはこの人間の世である場合…

坊主頭(スキンヘッド)にするために髪を剃る方法と注意点

実際に髪を剃る際、どのように剃ればいいのか。もし髪が長い(1cm以上)場合、そのままでは剃ることが不可能であるため、まずはバリカンで一度髪の毛全体を限界まで短くしておく必要がある。 バリカンには髪の毛の長さを調節してカットするためのアタッチメ…

【禅語】 放下着 ~執着はエネルギー源でありストレス源~

捨てる。すると軽やかに生きられる。放下着とはそんな意味の禅語である。 「着」という字は前の言葉の意味を強める助字なので、その字自体に意味はない。 現代でいえば「!」に相当する文字。 つまり「放下」を強める働きをする字なので、放下着という禅語の…

「所得」「無所得」の語源は仏教にある? ~身近な仏教用語~

仏教で所得といえば、これはもう仏道修行によって得た仏法に関する所見のことをいう。 どの程度仏法を理解しているか。 仏法というものをどのように考えているか。 そういった意味の言葉であるが、よりストレートに言ってしまえば、悟りを得たかどうかという…

【害虫の種類】ゴキブリを害虫と呼ぶのは本当の害虫を知らない人。

ダイニングを本拠地としてかまえ、時にはリビングにも遠征に出るゴキブリ。 普段は戸棚の奥深くや冷蔵庫の後ろの僅かな隙間に身を隠し、天敵が寝静まった夜にカサコソと姿を現す。 何かの手違いでその黒光りした体躯がまだ明るいフロアを駆け巡ると、半ば狂…

禅の修行って何? ~永平寺での修行で何を得たか~

一般の方と話をしていて「一時期、永平寺で修行をしていた」という話になると、「修行ってどんなことをするの?」と訊かれることが多い。 滝に打たれるとか、火の上を歩くだとか、苦行という部類に入るようなわかりやすい修行をイメージされる方が多いのだが…

【麻浴宝徹】 扇であおいでこそ風は風になる - 禅僧の逸話 -

『正法眼蔵』のなかに「現成公案(げんじょうこうあん)」の巻というのがあり、そこに麻浴宝徹(まよく・ほうてつ)禅師に関する逸話が記載されている。 風にちなんだ、こんな話だ。 夏の暑い日。 麻浴宝徹禅師は扇をあおいで涼んでいた。 するとそこに1人…

【禅語】 慈眼 ~褒めて伸ばす? 叱って伸ばす?~

慈眼という禅語がある。 この禅語を頭に想い浮かべるとき、私はどこかの書家が言ったという次の言葉を想起する。 「人が書く字には必ず良いところがある。 どんな字にも良いところが必ずある 子どもであっても、大人であっても、それぞれに良さがある。 たと…

「あみだくじ」の語源と阿弥陀如来 ~身近な仏教用語~

アタリ、ハズレ、あるいは順番などを決める際に便利な「あみだくじ」。 人数分の線を引けば必ず全員が別のゴールに行き着き、かつ「どこに行くかな~」と指で線をなぞるときのゲーム性を秘めたあみだくじは、盛り上がりと平等性と簡易性が相まって、年代を問…

曹洞宗と臨済宗の修行観の違い ~悟りと修行の関係~

曹洞宗と臨済宗はどちらも禅の流れを汲む宗派で、親戚関係のような、お隣さんのような、とても近しい関係にある宗派同士となっている。 どちらも抽象的な理論よりも実践的な経験を重んじ、自然を真理そのものとして受け入れて、自然に順応するような生き方を…

【禅語】 柳は緑 花は紅 ~色眼鏡を外した世界を見たくはないか?~

禅では、色眼鏡をはずせということを言う。 色眼鏡とは少々古風な言い方で、これはつまりサングラスのこと。 あれをかけて辺りを眺めると、風景の色合いがまるで違ってくるから面白い。 赤色の眼鏡をかければ、透明な水も赤く見える。 緑色の眼鏡なら、砂漠…

【四九日】修行って休日はあるんですか?と訊かれて「えっ」となった話

「修行というのは生き方なので、休みというものはないんですよ。 ただ、禅寺には休みに似た日があるにはあるんです。 四九日(しくにち)っていうんですけどね、1ヶ月のなかで四と九のつく日、つまり4日、14日24日、9日、19日、29日は、起床時間がいつもよ…

【関山慧玄】 雨漏りと小僧とザル対応 - 禅僧の逸話 -

妙心寺の開山(初代住職)である関山慧玄(かんざん・えげん)禅師には、ちょっと有名な逸話が残っている。 雨漏りとザルの話、といえばピンとくる方がいるかもしれない。 こんな話だ。 当時、妙心寺の伽藍は相当古かったのか随分と傷んでいたようで、ある雨…

2月15日は涅槃会、ブッダが亡くなった命日 ~涅槃図と涅槃団子~

ガンジス川中流域を中心に普遍の教えを説き続けブッダは、紀元前383年、クシナーラーの地で80歳の生涯を閉じた。 多くの弟子たちに囲まれ、惜しまれつつ看取られた最期だったという。 2月15日はそんなブッダの涅槃(亡くなること)を悼み、伝道の日々を偲ぶ…

旧暦とは? 新暦と何が違う? お盆の時期が異なる理由 

旧暦は月をもとに考える暦法をいう。 月の満ち欠け、つまり新月から次の新月までを1つの月と考えるのが旧暦のベース。 と、それだけだと「旧暦=太陰暦」と解釈されてしまう可能性があり、事実、旧暦とは太陰暦だと思っている方が多い。 これはまったくの間…

【誠拙周樗】 寄付とは福田に苗を植えるようなもの - 禅僧の逸話 -

江戸時代中期から後期を生きた臨済宗の禅僧に、誠拙周樗(せいせつしゅうちょ)がいる。 誠拙は伊予国の出身で、宇和島藩主伊達侯の菩提寺、仏海寺で出家し小僧となった。 藩主の菩提寺とあって伊達侯は度々この寺を訪れていたらしく、和尚と話をする際に小…