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禅の視点 - life -

幸福とは? 自分とは? 自由とは? 人生とは? 心を満たす入口探し、禅エッセイ

【禅語】無功徳 ~功徳を求めれば功徳なし~

無功徳という禅語は、禅宗の初祖とも称される菩提達磨(ぼだい・だるま)の言葉である。 南インドの香至国(こうしこく)という国の第3王子として生まれた達磨は、やがて出家をして僧となった。そして後年、仏法を説き広めるためにインドを発って中国へと向…

Z会の幼児教材から「方便」の好例を見つけた ~身近な仏教用語~

仏教用語である方便という言葉は、相手を正しい方向へと進ませるための便法をいう。もっとも便法とは、その場しのぎの一時的な便宜上の手段という意味もあるが、ここでいう便法とはむろんそれではない。単純に、1つの方法というほどの意味。「便」の字を入…

輪廻とは何か?何が輪廻しているのか? 【身近な仏教用語】

通常、世間一般的な理解としての輪廻は、おそらく次のようなものである。 人は死後、肉体や物質的なものではない精神的な何か、いわゆる魂とよばれるようなものが身体から抜け出し、別の命に宿り、次の人生を生きるようになる。それはこの人間の世である場合…

坊主頭(スキンヘッド)にするために髪を剃る方法と注意点

実際に髪を剃る際、どのように剃ればいいのか。もし髪が長い(1cm以上)場合、そのままでは剃ることが不可能であるため、まずはバリカンで一度髪の毛全体を限界まで短くしておく必要がある。 バリカンには髪の毛の長さを調節してカットするためのアタッチメ…

【禅語】 放下着 ~執着はエネルギー源でありストレス源~

捨てる。すると軽やかに生きられる。放下着とはそんな意味の禅語である。 「着」という字は前の言葉の意味を強める助字なので、その字自体に意味はない。 現代でいえば「!」に相当する文字。 つまり「放下」を強める働きをする字なので、放下着という禅語の…

「所得」「無所得」の語源は仏教にある? ~身近な仏教用語~

仏教で所得といえば、これはもう仏道修行によって得た仏法に関する所見のことをいう。 どの程度仏法を理解しているか。 仏法というものをどのように考えているか。 そういった意味の言葉であるが、よりストレートに言ってしまえば、悟りを得たかどうかという…

【害虫の種類】ゴキブリを害虫と呼ぶのは本当の害虫を知らない人。

ダイニングを本拠地としてかまえ、時にはリビングにも遠征に出るゴキブリ。 普段は戸棚の奥深くや冷蔵庫の後ろの僅かな隙間に身を隠し、天敵が寝静まった夜にカサコソと姿を現す。 何かの手違いでその黒光りした体躯がまだ明るいフロアを駆け巡ると、半ば狂…

禅の修行って何? ~永平寺での修行で何を得たか~

一般の方と話をしていて「一時期、永平寺で修行をしていた」という話になると、「修行ってどんなことをするの?」と訊かれることが多い。 滝に打たれるとか、火の上を歩くだとか、苦行という部類に入るようなわかりやすい修行をイメージされる方が多いのだが…

【麻浴宝徹】 扇であおいでこそ風は風になる - 禅僧の逸話 -

『正法眼蔵』のなかに「現成公案(げんじょうこうあん)」の巻というのがあり、そこに麻浴宝徹(まよく・ほうてつ)禅師に関する逸話が記載されている。 風にちなんだ、こんな話だ。 夏の暑い日。 麻浴宝徹禅師は扇をあおいで涼んでいた。 するとそこに1人…

【禅語】 慈眼 ~褒めて伸ばす? 叱って伸ばす?~

慈眼という禅語がある。 この禅語を頭に想い浮かべるとき、私はどこかの書家が言ったという次の言葉を想起する。 「人が書く字には必ず良いところがある。 どんな字にも良いところが必ずある 子どもであっても、大人であっても、それぞれに良さがある。 たと…

「あみだくじ」の語源と阿弥陀如来 ~身近な仏教用語~

アタリ、ハズレ、あるいは順番などを決める際に便利な「あみだくじ」。 人数分の線を引けば必ず全員が別のゴールに行き着き、かつ「どこに行くかな~」と指で線をなぞるときのゲーム性を秘めたあみだくじは、盛り上がりと平等性と簡易性が相まって、年代を問…

曹洞宗と臨済宗の修行観の違い ~悟りと修行の関係~

曹洞宗と臨済宗はどちらも禅の流れを汲む宗派で、親戚関係のような、お隣さんのような、とても近しい関係にある宗派同士となっている。 どちらも抽象的な理論よりも実践的な経験を重んじ、自然を真理そのものとして受け入れて、自然に順応するような生き方を…

【禅語】 柳は緑 花は紅 ~色眼鏡を外した世界を見たくはないか?~

禅では、色眼鏡をはずせということを言う。 色眼鏡とは少々古風な言い方で、これはつまりサングラスのこと。 あれをかけて辺りを眺めると、風景の色合いがまるで違ってくるから面白い。 赤色の眼鏡をかければ、透明な水も赤く見える。 緑色の眼鏡なら、砂漠…

【四九日】修行って休日はあるんですか?と訊かれて「えっ」となった話

「修行というのは生き方なので、休みというものはないんですよ。 ただ、禅寺には休みに似た日があるにはあるんです。 四九日(しくにち)っていうんですけどね、1ヶ月のなかで四と九のつく日、つまり4日、14日24日、9日、19日、29日は、起床時間がいつもよ…

【関山慧玄】 雨漏りと小僧とザル対応 - 禅僧の逸話 -

妙心寺の開山(初代住職)である関山慧玄(かんざん・えげん)禅師には、ちょっと有名な逸話が残っている。 雨漏りとザルの話、といえばピンとくる方がいるかもしれない。 こんな話だ。 当時、妙心寺の伽藍は相当古かったのか随分と傷んでいたようで、ある雨…

2月15日は涅槃会、ブッダが亡くなった命日 ~涅槃図と涅槃団子~

ガンジス川中流域を中心に普遍の教えを説き続けブッダは、紀元前383年、クシナーラーの地で80歳の生涯を閉じた。 多くの弟子たちに囲まれ、惜しまれつつ看取られた最期だったという。 2月15日はそんなブッダの涅槃(亡くなること)を悼み、伝道の日々を偲ぶ…

旧暦とは? 新暦と何が違う? お盆の時期が異なる理由 

旧暦は月をもとに考える暦法をいう。 月の満ち欠け、つまり新月から次の新月までを1つの月と考えるのが旧暦のベース。 と、それだけだと「旧暦=太陰暦」と解釈されてしまう可能性があり、事実、旧暦とは太陰暦だと思っている方が多い。 これはまったくの間…

【誠拙周樗】 寄付とは福田に苗を植えるようなもの - 禅僧の逸話 -

江戸時代中期から後期を生きた臨済宗の禅僧に、誠拙周樗(せいせつしゅうちょ)がいる。 誠拙は伊予国の出身で、宇和島藩主伊達侯の菩提寺、仏海寺で出家し小僧となった。 藩主の菩提寺とあって伊達侯は度々この寺を訪れていたらしく、和尚と話をする際に小…

永平寺へ車椅子で参拝することは可能か ~永平寺のバリアフリー~

永平寺へ車椅子で参拝する際のポイント 曹洞宗の大本山である福井県永平寺は、急峻な山の斜面を背にして、いくつもの伽藍や御堂などの建造物が建てられている。 斜面であることから必然的に階段が多くなり、車椅子での参拝はできないのではないかと心配され…

【禅語】 妄想すること莫れ ~比べることで不幸を感じるようになる~

たとえば、こんなようなことを考える人がいたとする。 あっちの人は若くして亡くなったから不幸で、こっちの人は100歳まで生きたから幸せ者だった。 隣の家は高級車に乗っているから幸せで、向かいは車がないから不幸なもんだ。 あの家では牛肉を食べている…

娑婆(しゃば)って、どういう意味? ~身近な仏教用語~

娑婆という漢字を見ると、なんとなくお婆さんを連想してしまうのは私だけかもしれないが、漢字自体には何の意味もない。 それもそのはず、娑婆という言葉はサンスクリット語の「サハー」という言葉の音訳で、単純に「サハー」という発音に似た音のする漢字を…

【雲居希膺】自他の区別がなければ、損も得もない - 禅僧の逸話 -

日本三景として名高い景勝の地、松島。 海にぽっこりと顔を出す大小の島々が美しいこの地に、瑞巌寺という禅寺がある。 伊達政宗の菩提寺としても有名なこの禅寺は、政宗の時代に建設された桃山文化を代表する建造物として、多くの堂宇が国宝・重要文化財に…

【故人の年齢】享年と行年の違い、満年齢と数え年の意味、胎児期間は?

葬儀の際によく問題となるのが、故人の年齢。 「77才で亡くなったけど、位牌をみたら79才って書いてあった」 「享年と行年って何が違うの?」 「満年齢じゃだめなの? 数え年でなきゃだめなの?」 「人によって説明が違う」 などなど、遺族の方々は葬儀社ス…

坐禅(座禅)で使う坐蒲(座蒲)の豆知識 ~選ぶポイントや手入れの仕方など~

坐禅をする際には、尻の下に丸形のクッションのようなものを置く。 これを坐蒲(ざふ)という。 クッションと言ってしまうとじつは怒られたりするものだから、坊さんの世界では「丸形の蒲団」と言う慣わしになっていたりもするが、蒲団じゃあ、ちょっとねぇ……

【禅語】 身心 ~イライラを治すなら、心ではなく体に意識を向けたほうがいい~

「禅」という言葉の語源は、インドのサンスクリット語の「ジャーナ」。 意味は、「心を整える」。 けれども心を整えようとするとき、心を整えようとは考えないのが、禅における心の整え方。 「……? 何をわけのわからないことを言っているんだ?」 きっと、意…

一僧侶から見た「お坊さん便」③ ~「お坊さん便」の問題点~

これまで「お坊さん便」について2回にわたって考察をしてきた。 1回目は、「お坊さん便」の宗教的有意性について。 仏教と縁遠い方々が仏式法要を営む入口となりえる点において、「お坊さん便」にも宗教的意義はあると述べた。 2回目は、「お坊さん便」に対…

一僧侶から見た「お坊さん便」② ~全日仏の批判~

前回は「お坊さん便」の有意性、すなわち、仏式法要を営みたいと考えながらも伝を持たない方々と寺院をつなぐ宗教的意義について考えた。 今回は、そのような「お坊さん便」の問題点、特に全日仏が批判する点について。 前回をお読みになっていない方は下の…

一僧侶から見た「お坊さん便」① ~宗教的有意性~

2015年12月8日、Amazonから「お坊さん便」なる商品が出品されて話題になった。 その直後、12月24日に公益財団法人 全日本仏教会(以下、全日仏)が、このサービスへの批判を理事長談話として全日仏の公式サイトに発表。 そして翌年3月に同サービスの中止を求…

浜までは 海女も蓑着る 時雨かな ~滝瓢水の句におもう~

江戸中期の俳人に、滝瓢水(たき・ひょうすい)がいる。 船問屋の息子として生まれた瓢水は若くして俳諧の才を発揮し、後に人口に膾炙するほどの秀句をいくつも残した。 「浜までは海女の蓑着る時雨かな」はその1つだ。 ただし瓢水は放蕩息子という意外な一…

「観光」って、何で「観行」じゃあないんだろう? ~身近な仏教用語~

福井県の観光名所といえば、大本山永平寺。 私はここで1年間修行をしていたが、秋の行楽シーズンには最大で2万人もの方々が訪れたこともあった。 樹齢700年ともいわれ、天を突くようにそびえる杉の巨木。 鮮やかな朱色に染まる楓の葉。 そしてその背に佇む…

曹洞宗の葬儀の流れ ~わからない葬儀を、わかる葬儀へ~

曹洞宗の葬儀 葬儀は何をやっているのかがわかりにくい。 もしくは端的に、わからない。 そのような声は批判というよりも、「もうちょっと、どうにかならないものか」というような、要請と苦情と困惑が入り交じったような音調でもって耳に届く。 一般家庭か…

【禅語】 一日作さざれば一日食らわず - 錦織圭とイチローと百丈禅師 -

【スポンサーリンク】 (adsbygoogle = window.adsbygoogle || []).push({}); 【禅語】一日作さざれば一日食らわず(いちじつなさざれば いちじつくらわず) インドにおける仏教では、僧侶は自ら食べ物を生産することが固く禁じられていた。 そのため畑を耕し…

「図に乗る」の図とは、この図のこと - 身近な仏教用語 -

「図に乗る」という言葉は、お経の唱え方にちなんだ仏教用語なのだが、僧侶以外でこのことを知る人はほとんどいないだろう。 通常、お経というものには音階がなく、節も付けずに一本調子で唱えられることが多い。 『般若心経』などでも 「カンジーザイボーサ…

坐禅と座禅の違い - なぜ正しいのは「坐禅」のほうなのか? -

……どっちでもいいよ、そんなこと。 と、呆れる方もいるかもしれないが、たぶん世の中の禅宗僧侶の大半は相当に違和感を覚えているものと察するので、やはり一度はっきりとお伝えしておきたい。 「ざぜん」は、「坐禅」と書くのが正式であり、「座禅」ではな…

【大休宗休】人の評価は死ぬまでわからない - 禅僧の逸話 -

戦国時代、武将今川義元の帰依によって、駿河(静岡県)の臨済寺の住職として招かれた禅僧に大休宋休(だいきゅう・そうきゅう)がいる。 この大休禅師には「人の評価」に関するナルホドな逸話が残っているので、ご紹介したい。 大休禅師のもとに来客があり…

【南隠全愚】金を落としてしまってな - 禅僧の逸話 -

ある時、南隠は交友のある人物の家を訪ねていた。 座り込んで家主と話をしていたのだが、どうも南隠の元気がない様子。 これは何かあったに違いないと察し、家主が南隠に訊ねてみると、南隠は「じつはな……」と重たげに口を開いた。 「今日、とんだ粗相(そそ…

【一休宗純】「門松は冥土の旅の一里塚」- 禅僧の逸話 -

年が明けた。 巷では、めでたいめでたいと正月気分のまっただ中なのだろうが、そんなお祝い気分に水を差すような禅僧の逸話を1つご紹介したい。 一休さんこと、一休宗純禅師が著わした『狂雲集(きょううんしゅう)』という詩集に掲載されている一句にまつ…

「上品」って仏教の言葉だったの? - 身近な仏教用語 -

仏教には対機説法(たいきせっぽう)という言葉がある。 「機」というのは人の機根のことで、平たく言えば資質や性質のこと。 つまり、人に何かを伝えようと思い話をする時は、その人の資質や性格、あるいはその人がどんな考え方をする人かなど、そういった…

【禅語】 担板漢 - 禅における「バカ」とは何を指すのか -

「担板漢!」という禅語は、端的に言えば「バカ者!」というほどの意味。 禅では昔からこのような言葉で修行僧を叱ることがあった。 しかし、不思議には感じないだろうか。どうして「板を担ぐ漢(おとこ)」がお叱りの言葉なのかと。 板を担いだって、別にバ…

「所詮」って仏教の言葉だったの? - 身近な仏教用語 -

努力したら夢は叶うとか言うけれど、所詮、自分には無理なんだ。 そんな諦めの言葉を自分自身に呟くような瞬間が、哀しいけれど人生にはある。 今はもう肩の力が抜けてしまってそのようなことを思うこともなくなってしまったが、私にだって挫折を味わった経…

【禅語】 両忘 - 頭のなかにある、この頑固な物差し -

意見が衝突したとき、よく起こりはしないだろうか。 「どちらの意見が正しいか」論争。 しかしそれは、問題の解決方法として必ずしも正しいやり方であるとは言い難い。 いかなる場合においても正しい解決方法となるのは「正しい答えとは何か」を考えること。…

「我慢」って仏教の言葉だったの? - 身近な仏教用語 -

我慢はいけない。 忍耐や辛抱は必要だけれども、我慢はいけない。 これら3者はどれも同じような言葉で、「怒りや悲しみを抑え、苦境や逆境にめげずにじっと耐える」という意味の言葉である。 同じ意味ならどれでもいいじゃないか。 我慢でもいいじゃないか…

【南岳懐譲】瓦を磨いて鏡となす(南岳磨甎)- 禅僧の逸話 -

「南岳磨甎(なんがくません)」という有名な禅の逸話がある。 8世紀前半の中国での話。 南岳懐譲(なんがく・えじょう)という禅僧のもとに、馬祖道一(ばそ・どういつ)という弟子がいた。 ある日、馬祖が坐禅をしていると、そこに師である懐譲がやってき…

葛根湯の効果を最大限まで高めるという驚きの飲み方

うちには置き薬がある。 お寺という、人が集まる場所という性格も相まって、数社の置き薬がある。 そのため、月に1回はどこかの製薬会社の担当者が訪ねてくる。 箱の中をチェックし、使ったものがあればその分の代金を払い、補充をしてもらう。 ただ、あま…

カジノ解禁、統合型リゾート(IR)推進法案が成立される日

ギャンブルのような人生を歩むなと、教えるのが大人ではなかったか。 実直であることが、人が安らかに健やかに生きる上でいかに大切であるかを、説くのが大人ではなかったか。 世の教師らは、きっと今頃頭を悩ませているのだと思う。 この国はカジノというギ…

【禅語】 悟れば好悪なし - 悟った者と、そうでない者の違い -

ブッダは、悟った人物とそうでない人物の違い、つまり聖者と凡夫の違いについて、矢を用いた喩え話で説明をされたことがあった。 それが、「第一の矢と第二の矢」の話だ。 たとえば、美味しい料理を食べたとする。 その時に抱く「美味しい」という感覚は、悟…

「宗教」という言葉は5分で理解できる - 日本人が宗教に馴染みがないのはなぜか? -

「宗教」という単語は、じつは比較的新しい言葉である。 明治期に輸入された「Religion」という単語の翻訳語として、宗教という言葉は日本に生まれた。 ただ、昔から存在していたわけではない言葉ということもあって、私たち日本人はこの宗教という言葉が何…

坐禅の奥義書『普勧坐禅儀』を現代語訳するとこうなる 

禅宗とは、坐禅宗の意であるといっても過言ではないほど、その中心には坐禅が据えられている。 なぜ坐禅を重んじるのかといえば、坐禅こそがブッダから伝わる正しい仏法であると考えているからだ。 しかも禅門において行われる坐禅には、目的がない。 坐禅を…

僧の所持品「十八物」と、災害時避難リュックの中身を比べた結果に驚いた……。

前回、「無用の長物」という言葉が仏教に由来する仏教語であるという記事を書いた。 [http://www.zen-essay.com/entry/muyou-tyoubutsu:embed:cite] そのなかで、僧が所持することを認められていた18の品「十八物」を紹介したが、その十八物に「毛抜き」が入…

「無用の長物」って仏教の言葉だったの? - 身近な仏教用語 -

無用の長物(ちょうぶつ)とは「あっても役に立たないもの」「邪魔なもの」という意味の言葉であるが、この言葉はじつは仏教に由来する仏教語である。 「役に立たない」「邪魔」というのは、人によって基準が違うようにも思えるが、仏教ではこの線引きが明確…