禅の視点 - life -

幸福とは? 自分とは? 自由とは? 人生とは? 心を満たす入口探し、禅エッセイ

【禅語】抜群無益 大衆一如 ~自我を制御するために~

大衆一如であることの意義は、修行僧という存在に成りきることにあるように思う。 「自分」ではなく、「修行僧」に成るという意味だ。 「こうしたい」「あれはしたくない」といった自我を放り捨てて、ただ定められた修行を一心に行う。 水がただひたすら高い…

会釈の本来の意味 ~身近な仏教用語~

立ち止まって話をするほどでもないのだけれど、素通りしたのでは失礼にあたる。 そんなときは笑顔で少しだけ頭を下げて軽くおじぎをするのがベター。 つまりが、会釈(えしゃく)である。 じつはこの会釈という言葉、もとは仏教用語なのをご存じだろうか。 …

障道 ~仏道修行を障げるもの~

禅には障道(しょうどう)という言葉がある。 読んで字の如く「仏の道を障(さまた)げるもの」という意味である。 仏道などと改まらなくても、たとえば家で勉強をしようとしていたとき、ふと目にした新聞のテレビ欄に面白そうな番組があって、その番組が気…

【禅僧の逸話】桃水雲渓 ~乞食として生きた禅僧~

江戸初期の時代に、桃水雲渓(とうすい・うんけい)という禅僧がいた。 現在の福岡県に生まれた人物で、子どもの頃に出家し、20歳を過ぎた頃から諸国を行脚するようになり、多くの禅師に歴参した禅僧である。 桃水はいくつかの寺院の住職を勤めたのだが、島…

精進料理は菜食を意味するのではない ~仏教における肉食の解釈~

辞書に書かれている「肉食せずに菜食すること」という意味は、精進という言葉の2番目の意味となっており、1番目ではない。 では1番目にはどのような意味が書かれているかというと、こう書いてある。 「修行に励むこと」 そう、精進という言葉の意味は「修行…

【禅語】紅炉上一点の雪  ~燃える心に誘惑は近づけない~

赤々と燃えるストーブの上に、ふわりと雪が舞い落ちてきた。 けれどもストーブに触れた瞬間、雪は溶けて水になり、瞬く間に蒸発して消えてしまう。 炎を前にして、雪は為す術もなく消えさっていく。 炎は雪の存在に気付くことすらなく、自分が燃えることだけ…

永平寺の七不思議

曹洞宗の大本山であり、禅の修行道場として名高い永平寺には、いつ頃から語られ始めたのか定かではない「七不思議」が存在する。 少々不気味で、しかし妙なリアリティもある永平寺の幽霊物語を、ひっそりとご紹介しよう。 ①夜鳴杉 ②七間東司 ③山門柱の礎石 ④…

「世知辛い」ってどういう意味?【身近な仏教用語】

世知辛いという言葉の現在の用法を一言で説明すれば、これはおよそ「世渡りがしにくい」というほどの意味として使われている。 あるいはもっと単純に、「勘定高い」「ケチ」「せこい」という意味としても使われる。 ただ、なぜそのような意味になるのかは意…

【禅語】 日々是好日 ~「毎日がよい日」をどう受け取るか~

日々是好日という言葉をどう解釈するかは各人の自由であるが、少なくとも「好日」という言葉を「良い」「悪い」という意味での「よい」と受け取ることだけはやめたほうがいい。 相対的な物の見方は禅のもっとも戒めるところだからである。 これは良くて、あ…

禅問答って何? その意味と知られざる成立過程と例話をご紹介

本来の意味は言葉どおり「禅の問答」、すなわち、禅僧らが交わしてきた悟りに関する言葉や動作のやりとりである。 けれどもそこで交わされるやりとりがあまりにも非論理的・抽象的であることから、「意味のわからないやりとり」を指す言葉として禅問答という…

分別のある大人になるより、無分別の悟りを開こう

仏教でいう分別とは、対象を識別していく頭の働きをいう。 善悪をわきまえるということであれば、この行動は善、あの行動は悪、というように、頭で判断して識別するのが分別。 これは一般的に使用される分別という言葉と概ね同じ用法・意味である。 しかし、…

【群盲象を評す】平面的な意見と、立体的な真実の関係

目が見えない盲目の人間が数名集められ、その人たち全員に象を触ってもらった。 当人たちは目が見えないので、当然のことながら象という動物を見たことはない。 そこで、触った感触から象という動物がどのようなものか、感想を述べてもらった。 人々はそれぞ…

退屈な人に読んでほしい、仏教用語「退屈」の話

なぜ「退く」「屈する」という2つの漢字を組み合わせた「退屈」という熟語で、暇な様子が表現されるのか、少々不思議に思われはしないだろうか。 退くも、屈するも、退屈という意味とは少し違うような漢字に思えるし、どちらも「挫折」に近いニュアンスの言…

お彼岸とは何か? 仏教行事として考える彼岸の意味

お彼岸というのは仏教行事と考えられているが、もともと仏教に彼岸という行事はなかった。 インドにも中国にも彼岸という仏事は存在せず、意外にもこれは日本独自の行事なのである。 しかも日本における彼岸の歴史は古く、『日本後紀』には崇道天皇の供養の…

「忙しいと心を亡くす」は事実 ~善きサマリア人の実験~

「忙」という漢字は、心を意味する立心偏「忄」に、「亡」という旁が組み合わさってできている。 そのような成り立ちによる漢字であるがゆえに、「忙しいと心を亡くすよ」との安直なアドバイスを耳にすることもある。 しかしどうやら、その解釈は間違いでは…

【写経セット】般若心経の現代語訳の冊子&筆ペン付きで新発売

大阪府堺市に社をかまえる山本紙業から発売された写経セット「大人の教養 写経」。写経セットとしてはめずらしく、般若心経の現代語訳が記された冊子が付属されており、書くだけでなくお経の意味を知ることで、より写経が奥深いものに。岐阜県美濃市にある霊…

「本を読むことも大切だ」という道元禅師の言葉を意外に感じてしまう

先人が残した言葉をたどって仏道を学ぶというのもまったく間違っているわけではないが、やはり重要なのは実際の行い。それが道元禅師の基本的な立場である。 いわば座学よりも実践科目としての修行の在り方を説くわけであるが、しかし例外的に、仏道を志した…

永平寺での修行中にやらかした最大の失敗 ~これがケチラシだ~

永平寺では、ミス(失敗)のことを「ケチラシ」と呼ぶ。 調べたことはないが、おそらくは「蹴散らし」の意味なのだろう。 蹴散らしという言葉の意味は2つあって、1つは敵をあっさりやっつけること。「雑魚を蹴散らして進軍する」というような用法である。 も…

【大鑑慧能】六祖と称される禅の大成者の生涯 ~禅僧の逸話~

慧能によって禅が大成され、今日的な世界規模での禅の隆盛に深く関係していると考えることに異論をはさむ者もまた少ないと思われる。 おそらく慧能という名前など聞いたことがないという方も少なくないだろうが、禅宗における慧能の存在は、一般からの認知度…

お茶出しのマナー「右からだっけ? 左からだっけ?」に悩む方へ

お客さんがやってきた。さて、お茶を出そうか。 そんなときに、ふと心配になるのが「正しいお茶の出し方」。 相手が気心の知れた友人であれば細かなマナーを気にしなくても問題はないだろうが、仕事相手や客人ではそうも楽観的にしていられない。 かしこまり…

【良寛の言葉】災難に遭う時節には災難に遭うがよく候

地震や台風、大雪や噴火。 個人の力などでは到底太刀打ちすることのできない圧倒的強大な自然の力の前に、人は何ができるのか。 どれだけ頭をひねって予防に努めても、自然災害を完全に防ぐことなどできないという不可避性に、災害の恐ろしさを思わずにはい…

【禅語】法食同輪 ~修行でないことが世の中にあるだろうか~

法食同輪という禅語は、法と食、つまり坐禅や読経といった行い(法)と食事を作ったりいただいたりすることに、優劣や上下などないということを言っている。 なんとなく私たちは、「仏道修行」というと坐禅などを思い浮かべ、「食事の仕度」というと裏方仕事…

色即是空の意味を知ったなら、次は空即是色の視点を持とう

色即是空という言葉は、「あらゆるものは空である」といった意味の言葉であり、つまりが般若心経の中核を突く言葉であるといえる。 色即是空を説きたいがために般若心経が存在している、と言ってしまってはやや大袈裟かもしれないが、筋としてはそのようなも…

【禅語】 露堂々 ~真理は目の前にはっきりとあらわれている~

「露」というのは「あらわれる」の意で、したがってこの禅語は「真理ははっきり堂々と目の前にあらわれている」といった意味の言葉である。 草は草としての本分をまっとうしてそこに存在している。 花は花としての本分をまっとうしてそこに存在している。 草…

天上天下唯我独尊の本当の意味【身近な仏教用語】

天上天下唯我独尊という言葉は、一般的には「この世界で自分が一番だ」というようなニュアンスの言葉として使われることが多い。 自分こそがもっとも偉く、そうした傲慢な在りようを重々しくした表現した言葉であると思われがちだが、実際の意味はそうではな…

大パリニッバーナ経の現代語訳 ~ブッダ最後の旅の言行録~ 第6章

ブッダの臨終の様子を記述した大パリニッバーナ経の第6章には、ブッダが弟子たちに残した「最後の言葉」が記されている。 その言葉とは一体どのようなものであったのか。 また、ブッダの死後、その遺体はどのようにして葬られたのか。 それらを記述したのが…

大パリニッバーナ経の現代語訳 ~ブッダ最後の旅の言行録~ 第5章

80歳でその生涯を閉じることとなるブッダは、最後の旅でどのような言葉を残したのか。 ブッダの最後の旅の記録ともいえる大パリニッバーナ経のなかで、今回は第5章を読み進めていきたい。

大パリニッバーナ経の現代語訳 ~ブッダ最後の旅の言行録~ 第4章

ブッダ最後の旅の言行録でもある『大パリニッバーナ経』の現代語訳(私訳)の4回目。 今回は4章を現代語訳して読み進めていきたいが、この章のなかでついにブッダは病を発症し、また寂滅の地であるクシナーラーにたどり着く。 ブッダが患った病とは何だった…

大パリニッバーナ経の現代語訳 ~ブッダ最後の旅の言行録~ 第3章

ブッダ最後の旅の言行録でもある『大パリニッバーナ経』の現代語訳(私訳)の3回目。 ここでは第3章を読み進めていきたい。 このシリーズを未読のかたは下の記事(第1章)からどうぞ。

大パリニッバーナ経の現代語訳 ~ブッダ最後の旅の言行録~ 第2章

ブッダ最後の旅の言行録でもある『大パリニッバーナ経』の現代語訳(私訳)の2回目。 ここでは第2章を読み進めていきたい。 前回を未読のかたは下の記事(第1章)からどうぞ。 ブッダ一向はガンジス側を渡り、北岸にたどり着いた。 「さて、アーナンダよ。…